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1.はじめに
私たちは日々、感動を求め、様々なものに感動している。それらの体験から、何か目指したり、何かをがんばろうと思ったりすることがあるのではないだろうか。また逆に、それらの体験を思い出すことで、自らを奮い立たせることも、多くある。このように、感動体験には、動機づけ効果があるのではないだろうか。
しかし、感動体験には、どのような動機づけ効果があるのだろうか。例えば、何かを食べ、おいしさに感動することもある。感動体験は、他の様々な体験に比べ、記憶に残りやすいだろう。しかし、それらは次第に薄れていってしまう。それをいかに自分の中で意味づけし、自伝とも言えるような意味あるものにできるか、ということも大切なのではないだろうか。おいしいものを食べたとき、そのまま忘れてしまうこともあれば、料理人を目指すひともいるだろう。もともと食に興味があったから料理人を目指すきっかけになったのか、その経験で食に目覚めたのかはわからないが、ともかくその感動が原動力となり、体験を「価値ある体験」にすることで、その体験が自伝的にもなり、その後もそのひとに影響するようになるのではないだろうか。何度も思い出し、解釈し、意味づけするなかで、その人のなかで次第にその人をすら形作る体験になるのかもしれない。感動と意味づけの両方が、ひとを動かし、動機づけに影響をしているのではないだろうか。
以上のようなことをふまえ、感動体験の動機づけの効果やそのメカニズムについて、調べたい。
2.感動体験
(1)自伝的記憶
私たちは様々な体験を、記憶として心に残す。中でも感動体験は、鮮明に心に残り、自伝的記憶となるような体験であると考えられる。
自伝的記憶とは「個人が人生において経験した出来事(エピソード)の記憶」と定義されている(Baddeley1997,Conway1990)。記憶には、大きくわけて、潜在的な記憶である意味記憶と、顕在的な記憶であるエピソード記憶がある。意味記憶とは、主に知識のことで、手がかりとなるようなキーワードがあってはじめて思い出される記憶である。そのため潜在記憶といわれる。エピソード記憶とは、自分の経験や出来事に関した記憶であり、手がかりとなるようなことがなくても思い出せる。このことから顕在記憶と言われる(21世紀の認知心理学を創る会,2001「おもしろ記憶のラボラトリー」)。テストではなかなか答えが出てこないのに、昨日食べたご飯は何気なく出てきたりするのがこれに当てはまる。しかし、いつでも出てくる便利なエピソード記憶も、時がたつとただの情報である意味記憶になってしまう。昨日食べたご飯も、時がたてば思い出せなくなるのである。自伝的記憶とは、ここでいうエピソード記憶の一種である。
自伝的記憶の特徴として、@言語的語りA想像性B情動がある(Rubin 1996)。@言語的語りとは、自伝的記憶が、語られうるものであり、しばしば物語となっているということを示す。A想像性は、個人の記憶には少なからず虚偽記憶が混じってしまうことを示している。自伝的記憶がその虚偽記憶をも含む場合、上記の定義はふさわしくないとし、「過去の自己に関わる情報の記憶」と定義することもある(佐藤1998)。B情動とは、自伝的記憶が、そのときの感情も記憶していることを示す。そして情動は自伝的記憶に深い影響力を持つといわれている(速水,陳1993)。
自伝的記憶が、情動を含むため、情動と関連した様々な研究がされてきた。自伝的記憶は潜在記憶であり、いつでも手がかりなしに思い出せるものであるが、その時の気分が、想起に影響していることがわかっている。Snyder&White(1982)は、快な気分のときには快な記憶を想起しやすく、不快な気分の時には不快な記憶を想起しやすいという感情一致検索現象を報告している。しかしこの現象は、快なときには起こりうるが、不快な気分ときには不快な記憶を想起しやすいとは限らないという研究結果もある。また、Parrott&Sabini1(1990)によると、より日常に近い場面では感情不一致検索現象が起こる、という報告もあることから、わたしたちは日常場面では、不快なときには不快な記憶を思い出しより不快になるよりは、逆に快な記憶を思い出し、気分を安定させる働きを持つと考えられている(神谷2002)。
このように私たちは、自伝的記憶を想起することで、自らに何らかの変化をもたらしているようである。特に感動体験では、印象深さ・情動の激しさなどから、情動その影響が大きいのではないかと考えられる。
(2)感動
さて、一般に「感動」というと、価値、気づき、対人関係、芸術、共感、達成など幅広いイメージがされ(楠本・長々原 2004)、一概には定義しにくい。その幅広いイメージを包括するため、戸田(2005)を参考に、感動とは「なんらかの出会い・出来事による、情動の肯定的な方向への大きな動き」であるとする。
感動体験の内容としては、
楠本・長々原(2004)では、
芸術を鑑賞する・大自然や風景の美しさを満喫する・新しい体験発見をする・心地よい体験をする・自分自身に人間関係でよいことがある・他者からメッセージを受け取る・他者に自分の気持ちを伝える・他者との一体感を得る・時運自信ががんばる・他者に人間関係でよいことがある・他者同士が一体となる場面を見る・他者ががんばる場面を見る・他者や他の対象物の優秀性を認識する
戸梶(2004)では、
他者の気遣い支え存在・本・クラブ・ライブ・テレビや映画・目標達成・アルバイト・旅行・ボランティア・指摘・人物・音楽・ペット・偶然
速水・陳(1993)では、
動機づけの高まるような感動体験として、愛情・生き方・励まし・慰め・第3者体験・成功承認体験・苦労努力体験・協同の喜び
また、速水・高村・陳・浦上(1996)では、教師から受けた感動体験として、
姿勢態度・雑談会話・予想外の行動・叱責説教・賞賛励まし・授業の内容方法・問題の解決
など、さまざまなものがある。
感動体験による様々な効果があげられているが、感動体験は、「体験」が「価値ある体験」へと高められていく過程や高められた結果として、その人の考え方であったり価値観などを変えていく原動力となるものではないか、と言われている(楠本 長々原2004)。
また、動機づけの高まる感動体験を尋ねた、速水・陳(1993)の研究では、様々な体験のなかでも、動機づけを高めるような感動体験として、成功・承認体験、苦労・努力体験、協同の喜びなどといった内容が得られている。体験の内容から、動機づけが高まるような自伝的記憶は、なんらかの達成体験であると考え、達成体験を通して自己効力感が高まり動機づけが高まったと考えられている。しかし、感動体験の効果について調べた戸梶(2004)では、感動体験の種類によらず感動体験によってもっとも影響のあったものとして「やる気」をあげている。このことから、感動体験は、単に達成体験などから自己効力感が高まり動機づけにつながるだけでなく、様々な要因に影響を与えて、動機づけに影響すると考えられる。
3.動機づけ
(1)自己効力感
感動体験が影響を与える、ということが予想される動機づけはどんなものがあるだろうか。第一に、例えば、何かを達成することで自分に自信がつくなどということが考えられる。これは、自己効力感にあたると思われる。自己効力感とは、バンデューラが提唱したもので、自己に対する有能感や信頼感のことを言う。自己効力感を高めるには、達成体験(や代理体験)、他者からの励ましが必要である。速水・陳(1993)の研究では、感動体験には、達成体験や承認体験などが多く登場する。何かを達成したときの感動体験では、達成にいたるまでの苦労(=緊張などの不快な状態)から、成功(=開放された快な状態)に一気に移行することで、より大きな達成感が生まれ、感動が生じる。そしてその感動それ自体が、報酬としての意味を持ちうるため、通常の体験より、強く自己効力感を得ることができる。そしてその行為に対してもよい印象を持ち、そのような行為をするようになったり、と影響されるではないだろうか。
(2)興味・好奇心
感動体験に含まれる、何かをして楽しかったり、心地よかったりといった体験や、すばらしいと感じる対象との出会いは、その行為・対象自体が魅力的で楽しい・望ましいと感じるため、興味につながるのではないだろうか。そして、気づきなどの体験は、新しい発見となり、その人の好奇心を刺激する。これら興味や好奇心は、内発的動機づけを構成する重要な要素である。よって、感動体験は、内発的な動機づけに影響すると考えられる。
(3)自律性
感動体験に含まれる、すばらしい対象、とくに人物との出会いや発見は、そのひとと仲良くなりたいという気持ちを通り越して、自分もその人のようになりたいと感じ、その人と同じことをしようと感じるようになるのではないだろうか。望ましい対象と出会い、そこから自らの理想像を形成することで、目標が定まり、自らそのようになろうと行動していく。そのような、自らが行動の主体となっている状態は、自律的であり、自己決定性があるといえるだろう。人は自らが行為の原因であると思いたがる性質(自己原因性欲求)を持っている。体験に帰属しそこから行動するということは、まさに自己が原因で行動をしているということに他ならない。このことから、体験による動機づけ効果には、自律性との関連が深いと考えられる。
(4)環境・他者
動機づけを高め、維持するには、その行動がやりやすいということも重要になってくる。たとえば勉強をするときに、騒がしい場所ではなかなか集中できない。静かな図書館などでは、やる気もでるし、はかどるものである。しかし図書館までいくのに1時間もかかっては、やる気もでない。何かをするためには、そういったコストの面も考えてしまう。コストとは、何かをするにあたっての負の側面である。そういったコストを低減させることができるのが、他者である。
物理的な環境については、思い出だけでは解決もなぐさめもできないが、他者からの愛情・励ましなどの体験は、自己受容感や、サポート感につながるだろう。その行為を(たとえつらくても)やっていける、もしくは、できないときは助けてもらえる、手伝ってもらえば早くちゃんと終れる、など、できるのではという感覚につながり、社会的な環境への認知を変化させ、動機づけを高めるだろう。
(5)課題価値
これらのさまざまな要因に対応する動機づけの概念として、課題価値task valuesという概念に注目したい。課題価値には、興味価値・獲得価値・利用価値の3つの価値に、コストという概念がある。一つ目の興味価値とは、ある課題に取り組むことが、楽しさや充実感を喚起するというものである。内発的動機づけと、非常に近い概念であるが、内発的動機づけが、「楽しいから学ぶ」という学習それ自体が目的であるのに対し、興味価値は「学ぶことが楽しい」という主観的な価値認識を表しており、外発的な動機による学習を排除しないという点で大きく異なっている。二つ目の獲得価値とは、ある課題に従事し、そこで成功することが望ましい自己像の獲得につながる、というものである。獲得価値は、自意識の私的自意識と公的自意識に対応し、さらに私的獲得価値と公的獲得価値のふたつの概念にわかれる。私的獲得価値は、ある内容を学習することが、自分自身が望ましいと思う自己像の獲得に近づくというものであり、すなわち、それをすると、なりたい自分に近づける、ということである。伊田(2003)によると、私的獲得価値は、一貫して自律性指標との関連が見られたものであり、熟達にかかわる内発性の社会的動機づけに対応するものであると考えられている。公的獲得価値とは、ある内容を学習することが、周りから見て望ましい(と自分が思う)というものであり、つまりそれをすると、まわりからほめられるのではないか、ということである。価値のなかで、唯一自律性指標と関連せず、競争的達成動機と関連があったものである(伊田2003)。そして三つ目の利用価値とは、ある課題に取り組むことが、将来の職業的な目標の達成に貢献するというものである。そしてコストとは、その行為をするにあたっての努力量などをさす、負の言い方である。ここには、行為に対する期待がふくまれる。行為に対する期待とは、それができるかどうか、どれくらいできるか、などといったもので、効力感などに通じるものである(伊田2001,伊田2002)。
4.まとめと目的
感動体験は、前述のような動機づけに影響するのか。影響するのならば、さまざまな感動体験のどれが、どのような価値感情・コスト感に、どのように影響するのか、ということを検討することが、本研究の目的である。
感動体験の想起による動機づけへ影響をみるために、想起前後の動機づけを測定し、変化を見ていく。
感動体験は、特に個人に強く影響すると考えられ、そのひとの生き方にまで影響しているのではないかと考える。そのため、進路・志望職にも強く影響していることが予想される。さらに、感動体験は、内容に対応した分野での動機づけに特に影響すると考えられる。(たとえば、美しいピアノを聴いて感動した体験を思い出しても、鉄棒の練習はがんばれないだろう。)そのため、調査対象を、一番就職に近い大学生とし、学習内容と職業がほぼ一致している教育学部・医学部に絞った。教育(あるいは医学)に関係するような感動体験の想起が、将来のためである学部での学習の動機づけを特に高めるのではないだろうか、という点から、感動的な自伝的記憶の動機づけ効果について考えていく。
【仮説】
@ 感動体験は、動機づけを高める。
A 感動体験の記憶を想起することで、動機づけが高まる。(もしくは下がった動機づけが復活する。)
B 感動体験の記憶を想起するたびに(意味づけするたびに)、動機づけが高まる。(もしくは下がった動機づけが復活する。)
C 想起する感動体験の種類によって、変化する動機づけが違う。
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