1.はじめに
出口(2003)によると近年の教育場面において、グループ学習は幅広く用いられてきており(e.g. Cohen, 1994;梶田・塩田・石田・杉江,1980)、初等・中等教育のみならず、大学などの高等教育においても取り入れられている(前田・マクガイア, 2002;Onwuegbuzie, Collins, & Elbedour, 2003;レイボウ・チャーネス・キッパーマン・R-ベイシル, 1998;安永, 1995, 1998;安永・中山, 2002)。グループ学習を取り入れる理由としては、「学習への参加度を高める」「討論による思考の深化」という学習に関するものや、「人間関係・仲間意識の育成」(梶尾ら,1980)や「向社会的行動の発達」(Cohen,1994)といった社会性の育成に関するものが挙げられている。
このように、グループ学習は、学習面および社会性の育成という観点から、高い関心が示されている学習方法であり、今日の学校教育における重要な役割を有していると考えられる。
さらに近年では、動機づけに関する研究分野でも、社会的な要因の重要性が認識され、グループ学習などの問題解決場面において仲間との相互作用といった社会的な要因が、学習意欲に影響することが指摘されはじめている。
2.グループ学習の効果
出口(2003)によるとグループ学習の効果については、従来から個別学習や一斉学習による学習活動との比較検討が数多く行われており(e.g. Lucker, Rosenfield, Sikes & Aronson, 1976;Sharan, Hertz-Lazarowitz & Ackerman, 1980;塩田, 1967;Yagar, Johnson & Johnson, 1985)、多くの研究において、グループ学習が優れた効果を持つことが報告されている。また、学習面に関する効果のみならず、社会性の育成に関する効果についての検討も行われている(e.g. 市川・吉田, 1981;Sharan, 1984)。
以下に、学習面・社会性の育成に対するグループ学習の効果について検討した研究の概要を挙げる。
(1)学習面に関する効果
出口(2003)によるとSharan et al. (1980) は、小学生を対象に、グループ学習と一斉学習における学業成績を比較し、グループ学習の方がより高い学業成績を示したことを報告している。Yagar et al. (1985) は、グループ学習と個人による学習における学習課題の遂行状況について比較検討し、グループ学習の方がより正確に課題が行われていたことを見出している。
(2)社会性の育成に関する効果
学習面に関する効果のみならず、児童・生徒の対人関係や社会性に対するグループ学習の効果も多くの研究によって報告されている。
出口(2003)によると市川・吉田(1981) は、小学5年生の算数の授業を対象とした研究を行っている。そして、グループ学習を用いることで、「社会的相互作用が許される様々な機会と、考えや感情の表明が許される程度」である接近構造得点が上昇することを示唆している。また、市川・吉田(1981) は、学級における児童の社会的地位の差を減少させる傾向も見出している。
これらの研究から、グループ学習は学業面のみならず、児童・生徒の社会性や対人関係という側面に対しても肯定的な効果を持っていることが示唆されている。
3.グループ学習における相互作用
出口(2003)によるとグループ学習中の相互作用についてWebb(1982, 1991) は、相互作用が学習成績の規定因となる可能性を示唆している。たとえばWebb(1982) は、学習者が質問をしても対応がされない場合、学業成績は低下する傾向を見いだしている。また、Webb, Troper & Fall(1995) は、「正答をそのまま教える」などの精緻化されていない援助を受けた場合、披援助者の学習成績は低下する一方で、精緻化された援助を受けた場合は、グループ学習中の活動がより建設的なものとなり学習成績が向上する傾向を報告している。
これらの研究から、グループ学習中の相互作用は学習成績や学習意欲に対して少なからぬ影響を与えていると推測される。学習意欲が高まるということは、学習者の動機づけにも関連していると言えるだろう。
4.社会的相互作用と動機づけの関連
学習場面での教師や仲間との相互作用といった社会的な要因の重要性が認識されるにつれ、従来の動機づけ分野でも社会的な動機づけを考慮に入れた研究が行われはじめている。
石田(2003)によるとWentzel(1991, 1994) は、学業的な目標だけでなく、社会的な目標も学業成績にプラスの影響を及ぼすことを示し、「社会的責任目標(social responsibility goal)」という概念を提唱している。これは、ルールや規範に従い円滑な関係を築こうとする目標のことであり、この目標の高い児童・生徒は、教師や仲間との相互作用や社会的な受容を媒介として、学校への興味関心や学業成績を向上させることが明らかにされている(中谷, 1996;Wentzel, 1994)。
また、石田(2003)によるとNakamura&Finck(1980) は、課題解決場面や社会的場面に対する個人の反応性に注目し、「課題志向性(task orientation)」「社会志向性(social orientation)」という概念を提唱している。課題志向性とは、課題解決過程それ自体に対する内発的動機であり、社会志向性は、対人関係や他者からの評価に興味を示し、社会的に顕現的な行動に参加しようとする動機と定義される。
これらの志向性が、従来の動機づけ理論と大きく異なるのは、社会的な動機づけを課題への動機づけの対極として位置づけるのではなく、より積極的な動機として捉えている点である。つまり、これらの志向性は、学習場面や対人場面などにおいて、それぞれが独立に影響するというのではなく、双方が関わりあいながら相互作用的に影響を及ぼすことが仮定されている。
中山(1983) は、Nakamuraらの「課題志向性(task orientation)」「社会志向性(social orientation)」を測定する尺度を開発し、共同課題解決場面での行動や学習モードに対する嗜好など、さまざまな研究を行った。その結果、社会志向性、課題志向性の双方が高い児童は、課題解決場面において、作業量が多いだけでなく、共同者への積極的な働きかけも多く示すこと(中山, 1984)、勉強仲間でのソシオメトリック地位や学業成績には、課題志向性と社会志向性の双方が影響を及ぼすことが確認されている(中山, 1983)。
これらの研究は、学業に関する動機づけと社会的な動機づけが、学習場面での相互作用や学習活動に対して、相互に関連しながら影響することを示している。
5.PBL(Problem-Based-Learning)
学業面のみならず、児童・生徒の社会性や対人関係という側面に対して、さらには学習成績や学習意欲にも肯定的な効果を持っているグループ学習であるが、その方法についても研究が行われている。出口(2003)によるとこれまでにグループ学習の方法については、Group-Investigation方式(e.g. Sharan & Hertz-Lazarowitz, 1980:シャラン・シャラン, 2001)やバズ学習(e.g. 塩田, 1967, 1989:杉江, 1998a, 1998b) など、様々なものが生み出されてきた。
その中で近年、特に注目を集めているのがPBL(Problem-Based-Learning)である。宇田(2006)によると、PBLはカナダのマクマスター大学で40年ほど前に始められた指導方法である。マクマスター大学が医科大学を新設した時、この方法を全学的に導入した。その後、他大学、初等・中等教育、さらには世界各国に実践の輪が広がっていった。国際シンポジウムが既に何度も開催されているほか、2000年には、アラバマ州、サムフォード大学において、PBL大会「PBL2000」が開催されている。PBLは日本でも最近になって注目され、医学、看護学など理系の学部を中心にして、広がりを見せている。東海地方では、三重大学や岐阜大学の医学部も積極的に取り組んでいるが、文系学部ではほとんど知られていないのが現状であると述べられている(宇田, 2006)。PBLは、問題基盤型学習または問題にもとづく学習と訳されており、教師によって指示されたシナリオという事例に関する簡単な説明文の中から学習課題を見出し、学習に取り組む形態を指している。学習は小グループによって主体的に取り組まれる。PBLでは、「そこにある問題」に取り組むために「自分が」何を知る必要があるかを見つけることが学習者の課題となる(ドナルド R. ウッズ, 2001)。
以下に、PBLの長所と短所を述べる。
(1)PBL(Problem-Based-Learning)の長所
ドナルド R. ウッズ(2001) によるとPBLの長所として以下のことが挙げられる。最初に、問題をもつことにより学習者は具体的なとりかかりが得られ、動機づけとなる。古い知識と新しい知識を問題状況にあてはめることで、学習者の知識は統合されていく。このようにPBL(Problem-Based-Learning)は科目内容にもとづく学習に比べると、新しい事柄を学び理解するのには、はるかにすぐれていると言える。
(2)PBL(Problem-Based-Learning)の短所
同様に、ドナルド R. ウッズ(2001) によるとPBLの短所として以下のことが挙げられる。PBLの短所としてまず挙げられることは、科目内容にもとづく学習に慣れているために、単にPBLが好きになれないということである。2つ目の短所は、PBLでは同じ主題内容を学ぶにも、時間が多くかかってしまうことである。それにより、学習者は「正しいことを学んでいるのだろうか」など自問し、苦悩にぶつかることが多いと言われている。
6.PBL(Problem-Based-Learning)と動機づけ
これまでに様々な形態のグループ学習において、その効果が研究されてきた。しかし、近年注目されているPBL(Problem-Based-Learning)という学習形態における研究は日本ではあまり行われてきていない。
PBLは文字通り問題解決学習の特徴を持っている。ある現実の問題を学生にぶつけて、疑問を持たせ、学習に動機づける。このため他のグループ学習の形態に比べ、より主体的な学習、積極的な姿勢が求められると言えるだろう。また、PBLにおいて目標となるのは知識量の増大だけではない。自ら課題を設定し、その問題を学び、解決しようとする資質や能力を身につけることも目標とされている。つまり、PBLでは他のグループ学習に比べ、より高度な知的能力や、態度的な側面が重視されていると言える(宇田, 2006)。さらに、PBLはグループ活動であるゆえ、学習者は課題からだけではなく、仲間との相互作用といった社会的な要因によっても動機づけられると考えられる。
ここで、これまでの動機づけ研究について述べておく。中西・伊田(2006)によると、動機づけについてはこれまでに様々な側面から検討がなされてきており、動機づけの要因としては、大きく分けて認知的要因・感情(身体)的要因・環境的要因が挙げられる。
動機づけに関する認知的要因に目を向けた研究としては、行動による将来の結果の予測である「期待」が取り上げられており、そのような概念として、Locus of Control(Rotter, 1996)、学習性無力感(セリグマン, 1985)、自己効力感(Bandura, 1977)などが挙げられる。特にBandura (1977) は期待概念を精緻化し、ある行動が望ましい結果をもたらすという「結果期待」とその行動自体を適切に行うことができるという「効力期待」に期待概念を弁別し、これら2者が動機づけに対して異なった影響をすることを示唆している(中西・伊田, 2006)。PBLにおいても、問題解決に向けての見通しを持ちながら活動に取り組むことが学習者の動機づけを高めるのではないだろうか。
近年、パーソナリティー発達および教育という観点から、動機づけの価値的側面をより重視すべきであること(Brophy, 1999;Covington, 2000;Eccles & Wigfield, 1995)、特に青年期以降の動機づけを考える場合、価値の問題を無視するわけにはいかないこと(速水, 1995)が動機づけ研究のあり方として指摘されている。これは、学習意欲を単に「学習」の問題としてだけではなく、学習者が一人の人間としてどのように生きようとしているのか、どのような価値観をもっているのかというより大きい視点に立ち、その生き方なり価値観なりの中で学ぶということがどのように意味づけられているのかに注目する必要があるという問題提起と言えよう。この要求に応える枠組みとして注目されるのが、Parsons & Goff (1980) に始まり、Eccles & Wigfield(1985)によって整理された課題価値(task-values)の概念である。これは学習者が現前の課題を遂行することおよびその結果にどのような価値を見出しているかという側面から学習動機をとらえるものである。具体的には、課題の内容がおもしろいという興味価値、課題の遂行が望ましい自己概念の獲得につながるという獲得価値、課題遂行が将来の職業的目標と関連するという利用価値の3つが示されている(中西・伊田, 2006)。PBLにおいても、提示された課題に対して興味価値、獲得価値、利用価値を見出すことは、積極的な解決行動に結びつくのではないだろうか。
感情(身体)的要因としては、中西・伊田(2006)によると、フロー理論が挙げられる。Csikszentmihalyiは課題に没頭している状態をフロー(Flow)と呼び、こういったフロー状態を究極的に内発的な動機づけが高まっている状態であると考えている(Csikszentmihalyi, 1975)。PBLでは授業時間中だけではなく授業時間外でも個人学習を行う必要があり、その際に課題に対する動機づけが高い学習者は課題解決に向けての活動(調べ活動など)に集中し、フロー状態になることがあるのではないだろうか。
環境的要因としては、他者からの影響という社会的環境も考えられる。このような他者からの影響については、かつては内発的動機づけの文脈からネガティブな要因として捉えられがちであった。しかしながら、近年では、そういった他者との関係の中での動機づけについても、ポジティブなものとして見直されてきている。例えば、伊藤(2004)は、他者志向的動機という概念を取り上げ、他者の期待に応えると考える動機を再評価している(中西・伊田, 2006)。PBLはグループ活動のひとつであり、グループ全体で課題を解決していく。その際、グループの仲間との関係というものは非常に重要であり、良好な関係を築くことがグループのメンバーの動機づけを高め、よりスムーズな課題解決につながるのではないだろうか。
以上から、様々な動機づけの要因とPBLという学習形態について検討することは、今後よりよいPBLを行っていく上で大いに役立つと考えられる。
7.本研究のまとめ
本研究では近年、特に注目を集めているPBL(Problem-Based-Learning)という学習形態に焦点を当てる。宇田(2006)によると、日本においてはすでに理系の学部でPBLが行われているが、文系学部では行われていないという報告があるので、本研究では文系学部においてPBLを先駆的に行っている授業において研究を行う。これまでの研究から、PBLもグループ活動の1つの形態であるゆえ、学習者は課題からだけではなく、仲間との相互作用といった社会的な要因によっても動機づけられると考えられる。そこで本研究では、学習者の「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」を測定する。それにより、中山(1983, 1984)のように「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」が、学習場面での相互作用や学習活動に対して、相互に関連しながら影響するのかということを検討することを目的とする。また、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」の各要因がどのように変化していくのかということに関して縦断的に検討することも目的とする。
本研究では「課題に対する動機づけ」の要因として、中西・伊田(2006)を参考に、課題遂行が将来の職業的目標と関連するという「利用価値」、課題がおもしろいという「興味価値」、上手く学習活動を行なえるかどうかという自分の遂行能力に対する予測である「効力予期」について検討する。「社会的な動機づけ」の要因としては、中西・村松・松岡(2006)を参考に、他者と仲良くなりたいという「親和動機」とみんなの役に立てるように頑張るという「接近的他者志向動機」について検討する。
それに加え、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」が実際にどのような行動に表れるかを検討するために、学習者の作業量やディスカッション中の発言回数についても分析を試みる。
課題解決は授業時以外にも進められることが予想される。授業時以外での学習者の活動を分析することを目的とし、課題に没頭しているフロー(Flow)状態(Csikszentmihalyi, 1975)の頻度や、授業用のe-learningシステム上での共同者への働きかけの頻度についても測定する。
さらに学習者に直接インタビューを行うことで、学習者を取り巻く動機づけ以外の要因についても分析を試みる。
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