1.各要因の変化について
以下では本研究で測定した、「フロー」、「反応性」、「親和動機」、「興味価値」、「効力予期」、
「利用価値」、「接近的他者志向動機」の各要因の変化について述べる。
@ フローについて
中西・伊田(2006)によると、Csikszentmihalyiは課題に没頭している状態をフロー(Flow)と呼び、こういったフロー状態を究極的に内発的な動機づけが高まっている状態であると考えている(Csikszentmihalyi, 1975)。そこから、第2回授業から第3回授業にかけて授業と授業の間が2週間空くため、被験者の課題に対する集中力が低下するだろう(仮説9)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、第2回〜第3回にかけて得点は下降しており、仮説は支持されたと言える。下降した原因として考えられるのは、授業と授業の間の空きが2週間あったことである。通常は1週間の空きのため、次回までに調べなければいけないことに対して意識を持ち、集中を持続できるが、2週間空いたことでその集中が途切れてしまったのではないだろうか。実際にインタビューでそのような事を話した被験者が数人いた。以上から、本研究における学習者の集中にはPBLを行うペースが影響していたことが示唆されるだろう。
重回帰分析の結果から、各授業時においてフローが強い影響を受ける動機づけの要因が異なることが判明した。はじめは「興味価値」がやや強く、「親和動機」が強く影響していた。中盤では「親和動機」、「興味価値」、「効力予期」、「利用価値」、「接近的他者志向動機」と正の関連がみられ、特に「接近的他者志向動機」が強く影響していた。終盤では「利用価値」と「効力予期」が強く影響していた。以上から、学習者は課題に面白さを感じることと、仲間と仲良くなりたいと思うことからまず課題に集中して取り掛かり、その後他の人のために頑張っているという意識が強くなっていく。しかし最終的には学習がうまく行えそうだという予測と、課題遂行が将来の職業的目標と関連するだろうという価値を見出し、活動に集中していたと言えるだろう。
A 反応性について
本研究において反応性とは、授業終了後から次回の授業の開始前までにおけるグループの他者への働きかけの頻度のことである。反応性に関してもフローと同じように、第2回授業から第3回授業にかけて授業と授業の間が2週間空くため、共同者への働きかけも低下するだろう(仮説9)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、得点は、授業の回数を重ねるごとに高くなっていた。そのため、仮説は支持されなかったと言えるだろう。第1回〜第2回では各被験者が各自で調べたことをアップするのみで、互いに質問を投げかけたりすることはなかった。Moodle上でのやりとりが多く見られたのは第3回〜第4回だった。その理由としては、第4回に発表があり、その準備をする際にMoodle上でのやりとりが増えたと考えられる。
重回帰分析の結果から、反応性に関しても各授業時において強い影響を受ける動機づけの要因が異なることが判明した。はじめは「親和動機」、「興味価値」、「利用価値」と正の関連がみられ、特に「親和動機」が強く影響していた。中盤では「親和動機」、「興味価値」、「接近的他者志向動機」と正の関連がみられ、特に「興味価値」と「接近的他者志向動機」が強く影響していた。終盤では「親和動機」、「興味価値」、「利用価値」、「接近的他者志向動機」と正の関連がみられ、特に「接近的他者志向動機」と「利用価値」が影響していることが分かる。反応性とはムードル上での他者とのかかわりの頻度であるため、社会的な動機づけである「親和動機」や「接近的他者志向動機」が影響していることは必然と考えられる。しかし、中盤で「興味価値」が、終盤では「利用価値」が影響していたことは興味深い結果であり、このことは、社会的な動機づけだけではなく課題に対して価値を見出すことが社会的な行動につながっていることを表していると言える。
B 親和動機について
「親和動機」とは、他者と仲良くなりたいという動機のことである。グループに分かれた当初はお互いをよく知らないため、他者と仲良くなりたいという「親和動機」の得点は高く、その後はグループでの話し合いがうまくいくかどうかに左右されるだろう(仮説7)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、親和動機の得点は、第1回から第3回にかけて上昇していたため、仮説の一部が支持されたと言えるだろう。グループの話し合いがうまくいくかどうかに左右されるという点に関しては支持されたとは言い難い。グループの話し合いがまとまらず、得点が下がった被験者もいるが、その反対にまとまっていないグループをまとめようという意識から得点が上昇した被験者もいたためである。
「フロー」や「反応性」に及ぼす影響に関しては、重回帰分析の結果以下のことが分かった。「親和動機」は初回において「フロー」との間に強い正の関連を示していたが、2回目では標準化係数の値が低くなり、3回目では負の関連を示していた。「親和動機」は初回において「反応性」との間に強い正の関連を示していたが、2回目では標準化係数の値が低くなった。3回目は2回目に比べて強い関連を示していた。以上から「親和動機」は、PBLの開始時における被験者の課題に対する集中や、グループの他者との関わりに強い影響を与えていると考えられる。このような結果になったのは、被験者はまずグループでの関係をよくしていこうという意識を持ち課題に取り組んでいたからではないだろうか。
C 興味価値について
「興味価値」とは、課題がおもしろいという価値づけのことである。課題がおもしろいという「興味価値」の得点は、課題が解決していくにつれ上昇していくだろう(仮説5)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、得点は、第1回から第3回にかけて下降し、第4回で上昇したが、第2回の得点よりも低くなっていたため、仮説は支持されなかった。第4回で得点が上昇した原因としては、発表を行ったことでこれまで学んできたことが頭の中で整理され、理解が深まり、面白さを感じたからだと考えられる。
「フロー」や「反応性」に及ぼす影響に関しては、重回帰分析の結果以下のことが分かった。「興味価値」は初回において「フロー」との間に強い正の関連を示していたが、2回目、3回目と時間が経つに連れて関連が弱くなっていた。「興味価値」は初回において「反応性」との間に弱い正の関連を示していた。2回目には関連がはるかに強くなるが、3回目は初回と同等の関連を示した。以上から「興味価値」は、PBLの開始時には被験者の課題に対する集中に影響を与え、PBLの中盤ではグループの他者との関わりに強い影響を与えていると考えられる。このような結果になったのは、はじめは各被験者の個人的な興味から課題に取り掛かるが、中盤からはグループの他者と意見を交わすことでより課題に対して面白さを感じていたからではないだろうか。
D 効力予期について
「効力予期」とは上手く学習活動を行なえるかどうかという自分の遂行能力に対する予測である。ドナルド R. ウッズ(2001) から、被験者は科目内容にもとづく学習には慣れているがPBLには不慣れであると考えられるため、上手く学習活動を行なえるかどうかという自分の遂行能力に対する予測である「効力予期」の得点は低いが、PBLに慣れてくると得点は上昇するだろう(仮説6)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、得点は、第1回から第3回にかけて下降していき、第4回で得点は上昇するが第2回の得点よりも低くなっていた。仮説の一部が支持される結果になった。第1回から第3回にかけて下降した原因として考えられることは、グループでなかなか意見がまとまらないことから焦りを感じ、また自分たちが調べていることが本当に解決に向かっているのかと不安を感じていたからだろうと考えられる。このため、発表を終えた第4回の得点は上昇している。今回のPBLにおいて、最後に発表を行ったことは考えをまとめるだけではなく、受講者に達成感を感じさせる意味でも有意義だったと考えられる。
「フロー」や「反応性」に及ぼす影響に関しては、重回帰分析の結果以下のことが分かった。「効力予期」は初回において「フロー」との間に負の関連を示していた。しかし2回目では正の関連を示し、3回目では正の関連がさらに強いものになっていた。「効力予期」は初回において「反応性」との間に弱い負の関連を示していた。2回目、3回目と時間が経つにつれより負の関連は強いものになっていった。以上から「効力予期」はPBLの開始時における被験者の課題に対する集中には負の影響を与えるが、PBLが進むに連れて被験者の課題に対する集中に強い正の影響を与えている。また、グループの他者との関わりに対しては時間が経つにつれて負の影響が強くなっていくことを示していると考えられる。このような結果になったのは、はじめはどのように解決していけばよいのか分からないため被験者は課題に集中することができなかったが、課題解決への見通しを持てたことで学習に集中することができたからではないだろうか。つまり、学習者にとって課題解決への見通しを持つということが課題に対する動機づけを高めるということが分かった。
E 利用価値について
「利用価値」とは、課題遂行が将来の職業的目標と関連するという価値付けのことである。課題遂行が将来の職業的目標と関連するという「利用価値」の得点は、学習者の将来の目標と関連しているだろう(仮説4)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、得点は、第1回から第2回にかけて下降し、第3回、第4回と得点は上昇し、第4回の得点と第1回の得点は等しくなっていた。この結果からだけでは仮説の検討を行えないため、被験者に関する検討において述べることとする。第1回から第2回にかけて下降していく原因は、効力予期と同じように自分たちが調べていることが本当に解決に向かっているのかと不安を感じ、自分のためになっているという実感を持てなかったからだと考えられる。第3回、第4回と得点が上昇していったのは、課題解決への見通しがついたことにより、学習している意味を各自が見出せたからだと考えられる。
「フロー」や「反応性」に及ぼす影響に関しては、重回帰分析の結果以下のことが分かった。「利用価値」は初回において「フロー」との間に正の関連を示していたが、2回目にはその関連が弱いものになっていた。しかし3回目では初回よりもはるかに強い正の関連を示していた。「利用価値」は初回において「反応性」との間に正の関連を示していたが、2回目には負の関連を示した。しかし3回目には初回よりも強い正の関連を示していた。以上から「利用価値」はPBLの開始時において被験者の課題に対する集中や、グループの他者との関わりに影響を与え、PBLの終盤ではその影響がさらに強くなることが分かった。
このような結果になったのは、授業開始後すぐから課題遂行が将来の職業的目標に関連することが被験者の「課題への動機づけ」と「社会的な動機づけ」の双方に影響を与えるだけでなく、課題を解決し、学習内容が被験者の中で整理されることによりさらに動機づけが高められたからだと考えられる。
F 接近的他者志向動機について
「接近的他者志向動機」とは、みんなの役に立てるように頑張るという動機づけのことである。グループに分かれた当初はお互いをよく知らないので、みんなの役に立てるように頑張るという「接近的他者志向動機」の得点はそれほど高くないが、その後は「親和動機」の変化と関連しながら変化するのではないだろうか(仮説8)という仮説を立てた。一要因分散分析の結果、得点は、第1回から第3回にかけて下降していき、第4回で得点はやや上昇するが、第2回の得点よりも低くなっていた。しかし、第4回における親和動機の得点と正の相関は見られたことから、仮説の一部が支持されたと言える。被験者全体における一要因分散分析の結果では、利用価値の得点が突出して高く、被験者はこの学習を自分のためにやっているという意識が非常に強かったと言える。そのため、みんなの役に立てるように頑張るというような接近的他者志向動機の得点は低かったと考えられる。
「フロー」や「反応性」に及ぼす影響に関しては、重回帰分析の結果以下のことが分かった。「接近的他者志向動機」は初回において「フロー」との間に正の関連を示しており、2回目ではその関連がさらに強くなっている。しかし3回目では2回目に比べて関連の強さが弱くなっていた。「接近的他者志向動機」は初回において「反応性」との間に強い負の関連を示していた。しかし2回目、3回目では強い正の関連を示していた。以上から、「接近的他者志向動機」はPBLの開始時や、特に中盤における被験者の課題に対する集中に強い影響を与えると考えられる。また、PBLの中盤以降ではグループの他者との関わりに強い影響を与えていると考えられる。「他の人のために」という意識は中盤までは被験者の課題への集中に影響していた。しかし、最終回の発表の準備が行われていた終盤ではムードル上でたくさん意見の交換がされていた。つまり「他の人のために」という意識はその時期に求められる活動に被験者を導いていたと考えられる。
2.被験者について
以下では、被験者に関する仮説の検討を行っていく。
@ 仮説1の検討
先行研究(中山,1984)から、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」の双方が高い被験者は、発言回数が多いことやe-learningシステムへの書き込み等の作業量が多いだけではなく、共同者のへの積極的な働きかけも多く行うだろうという仮説に関しては、支持されたと言えるだろう。各被験者における項目の変化の分析でも述べているが、発言回数が多く、e-learningシステムへの書き込み等の作業量も多く、共同者のへの積極的な働きかけも多く行っていた被験者は、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」の双方が高かった。中西・伊田(2006)でも指摘されているが、やはり動機づけの各要因は個別に機能するのではなく、総合的に機能しながらある時期における動機づけを形作っているためであろう。
A 仮説2の検討
「課題に対する動機づけ(利用価値・興味価値・効力予期)」が高い被験者は、課題に関連する内容の書き込みを多く行う等、課題解決に向けての作業量が多いだろうという仮説に関しては、一部が支持されたと言えるだろう。確かに「課題に対する動機づけ(利用価値・興味価値・効力予期)」の得点が高い被験者は、課題に関連する内容の書き込みを多く行う等、課題解決に向けての作業量が多かった。しかし、課題解決に向けての作業量が多いことに関しては各被験者における項目の変化の分析から、「社会的な動機づけ(親和動機・接近的他者志向動機)」も関わっていることが分かった。この結果に関しても、仮説1の検討と同様、複数の要因が総合的に機能しながらある時期における動機づけを形作っているということを表していると考えられる。
B 仮説3の検討
「社会的な動機づけ(親和動機・接近的他者志向動機)」が高い被験者は、他の被験者の書き込みに頻繁に返信を行う等、共同者への積極的な働きかけを多く行うだろうという仮説に関しては、支持されたと言えるだろう。各被験者における項目の変化の分析から、共同者への積極的な働きかけを多く行っていた被験者の「社会的な動機づけ(親和動機・接近的他者志向動機)」の得点は高いことが分かった。
C 仮説4の検討
課題遂行が将来の職業的目標と関連するという「利用価値」の得点は、学習者の将来の目標と関連しているだろうという仮説に関しては、支持されたと言えるだろう。インタビューの結果、教員免許を取得予定の被験者は9名中7名と多く、免許を取るだけでなく、実際に教員として働きたいと考えている被験者も4名いた。また、来春から教員になる被験者や教育機関で働く被験者もいた。各被験者における項目の変化の分析結果と照らし合わせてみると、課題が将来の職業的目標と関連している被験者の「利用価値」の得点は高いことが分かった。
3.研究結果のまとめと課題
本研究では、学習者の「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」を測定し、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」が、近年注目されているPBLという学習場面での相互作用や学習活動に対して、相互に関連しながら影響するのかということを検討すること、また「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」の各要因がどのように変化していくのかということに関して実践的に検討することを目的とし、研究を行った。
研究の結果、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」が相互に関連しながら影響することが判明した。さらに各要因の得点が変化していくこと、また、要因間の影響の大きさは測定時によって変化することが分かった。以上から、PBLにおける動機づけ研究としての意義を持った研究であったと言える。
しかしながら、残された課題もあるだろう。上記の結果は、今回用いた課題と、この授業を受講していた被験者によって得られた結果である。これまでの先行研究からも証明されている通り、「課題への動機づけ」が作業量を増やし、「社会的な動機づけ」が他者への働きかけに影響することに変わりはないと思われる。しかし課題や被験者が変われば、「課題に対する動機づけ」と「社会的な動機づけ」の各要因の変化や、要因間の影響の大きさが異なることが予想される。そのため、よりよいPBLを行うための研究としては不十分な点もある。よって今後、様々な課題、異なる学部、学年において研究を繰り返すことで、理想的なPBLのかたちが見えてくるだろう。
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