対処的悲観者における予防的コーピングの特徴とその有用性について

人間発達科学課程56期 川北恵(Megumi KAWAGITA)

目次

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問題・目的のページ

ここは問題と目的のページです。

1.No size fits all.
2.Proactive Copingについて
3.目的と手続き
4.仮説


問題と目的
 人は誰しも不安を抱えている。たとえば,課題やレポートを滞りなく進めることができるか,友人とケンカしないか,発表会で失敗しないか,今あるお金で今月を乗り切れるか,さらには自分の将来や災害など,数えあげたらキリがない。それにも関わらず,不安を口にすることはもちろん,不安について思考を巡らすことさえ“ネガティブ”とされる。一口に“ネガティブ”といっても,心理学において議論される“ネガティブ”はさまざまで,具体的には「悲観性」「ネガティブ感情」「抑うつ」などが概念として挙げられる。これら“ネガティブ”について,確かに,人の精神的健康を阻害する要因としての研究知見は多く存在し(たとえば,Abramson, Metalsky, & Alloy, 1989;Scheier & Carver, 1993),積極的なコーピングや効果的な自己制御(self-regulation)を妨げるなどの報告がされてきた。
 また近年の,まさに運動(movement)と呼べる勢いをもったポジティブ心理学(positive psychology)の勃興により,「楽観主義やポジティブな人間の機能を強調する心理学の取り組み」として“ポジティブ”な要因の広がりは後押しされる。このような“ポジティブ”な要因との対比の中で“ネガティブ”な要因はますます人にデメリットをもたらすものとしての解釈を強めることになる。
 しかし,“ネガティブ”と“ポジティブ”にもそれぞれの役割や機能があり,どちらか一方だけが人にとって必要という結論には至らないはずである。たとえば,「ネガティブ感情」は,その役割や機能として,注意を狭め,局所的な認知や処理を高めるが,「ポジティブ感情」は,注意を広め,全体的な認知や処理を高めると言われている(Fredrickson & Branigan , 2005)。また,「ポジティブ感情」を多く生起した状態にある者は,普段から頻度高く使用している方略や基準を持って自動的に情報を認知したり処理したりすることが多いとされ,「ネガティブ感情」はこの点において,問題への注意を高め,詳細で注意深い認知や処理を追求することとは対照的であるとされる(Park & Banaji , 2000)。このようにそれぞれの役割や機能に目を配ると,“ネガティブ”な要因が提供する,常に詳細で注意深い認知や処理は,社会的に見れば優遇される特性であろう。この点についてNorem(2001)は,これから取り組もうとする課題に強い不安を感じながらも,その不安を統制して適切に課題への対処を助ける認知的方略として,対処的悲観性(Defensive Pessimism)を概念化している。また日本では,悲観的に考える能力が良好な対人関係の維持を促進すると指摘されているうえ(Kitayama , Markus , Matsumoto , & Norasakkunkit , 1997),アジア人においては,不安や悲観性が高いとされている(Chang & Asakawa , 2003)ことからも,対処的悲観性の研究は検討意義が高いテーマといえる。
 付け加えて,世界保健機関(WHO)憲章によると“健康とは,完全な肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病または病弱の存在しないことではない”となっており,「健康」とは「身体的にも精神的にも社会的にも調和のとれた状態」を指す。つまり,“ポジティブ”な要因を推奨するだけでなく,“ネガティブ”な要因の存在を受け入れた上での,調和がとれた状態を模索することが,適応についての視野を広げることにつながると考える。

1.No size fits all.

 一般的にも楽観性は適応的であり,悲観性のように“ネガティブ”な要因は不適応を引き起こすと考えられがちである。しかしNorem(2001a)は,対処的悲観性(Defensive Pessimism)の研究によって適応的な悲観者の存在を見出している。
 対処的悲観性は特性不安の高い個人にとって有効とされ,過去に同様の課題で成功しているにもかかわらず,これから取り組もうとする課題に強い不安を感じてしまうが,その不安を統制して適切に課題への対処を助ける認知的方略として概念化されている(Norem,2001a)。これまでは悲観者の適応性を高めるためのアプローチとして,楽観的に変容させる方向で議論が進められてきたが(沢宮,1998),それは“no size fits all”(Norem,2001b)と比喩されるように,特性的に不安や悲観性が高い個人にとっては楽観的になることが難しく,むしろもともとも悲観的思考をうまく活用する方が,より容易に適応性の改善に寄与することが期待できる。対処的悲観者(Defensive Pessimist:以下DP者)が悲観的思考をうまく活用し,適切に課題を処理する過程は,動機づけと自己防衛という2つの機能から説明される。動機づけ機能は,悲観的思考によって想像された悪い状況や結果に対して適切に処理できるように,事前に課題への対処に取り組むことが促進する。自己防衛機能は,あらかじめ最悪な状況を想像し課題の脅威を低減させることで,過度に高まった不安を統制するというものである。このように,対処的悲観性の有効性は不安の統制と対処方略の観点から説明されるが,本研究ではとくに対処方略に注目して検討をすすめる。これは,対処的悲観性のもつ2つの機能がいずれも,従来のコーピング研究では測定できない,ストレッサーが活性化する前で活性化する機能であると考えるからである。しかし,DP者において適応的・不適応的とされるコーピング指標は,従来の「事後的コーピング」である。つまり,対処的悲観性におけるコーピング研究において,対処可能性や課題の失敗・成功後のコーピングを測定し,不適応的とする見解は,議論が不十分であるといえる。また,DP者のようにストレッサーが活性化する前で活性化する機能を特徴的に持つ場合,「事後的コーピング」が,事前準備としてのコーピングの影響を多分に受けている可能性も指摘できよう。
 以上のことから,本研究では,対処的悲観性の対処方略について,その詳細を検討するために「事前的なコーピング」を取り入れる。
 また,対処的悲観性の実証的研究の多くは,方略的楽観性(Strategic Optimism)を日常的に用いる個人である方略的楽観者(Strategic Optimist:以下SO者とする)との比較からおこなわれている。方略的楽観性は対処的悲観性と対をなす認知的方略であり,特性不安の低い個人にとって有効とされている(Norem,2001a)。SO者は課題に対して強い不安を感じることはなく,課題に対して悲観的な事態は考えないことで不安の上昇を避け,適切な対処行動を維持し,高い実行力を発揮するとされている。ほかにも抑うつ者(Depressed Person:以下DEP者とする)などとの比較もおこなわれており,その結果DP者は,特性不安が高く,課題に対して強い不安を示すものの,課題に対して回避的にならず,積極的な対処方略を用い,悲観的思考によって課題に対する不安を統制し,高いパフォーマンスを示すことが明らかとされている(細越・小玉,2006)。今回の研究でも同様に,DP者との比較対象として,SO者,DEP者を採用し,「事前的なコーピング」という新しい変数のはたらきをより詳細に検討していく。

2.Proactive Copingについて

 本研究で導入する「事前的なコーピング」についてここで言及しておく。
 Lazarus & Folkman(1984)はコーピングを“負荷をもたらす,もしくは個人のあらゆる資源を超えたものとして評定された特定の外的,内的な要求に対応するためになされる,絶えず変動する認知的,行動的な努力”と定義した。Lazarus & Folkman(1984)を含め,先行条件としてのストレッサーに関する研究は,多くの研究者によっておこなわれている。 一方でそれらの研究のほとんどは,ネガティブと評定された刺激状況によって生起した不健康状態を低減し,回復するためにどのようなコーピングが適切かという問題のみを扱ってきたと言える。そこで,近年,従来のコーピングの概念が拡張されつつあり,代表的なものとして,個人の対処資源を開拓しようとする観点や,潜在的ストレッサーと直面する以前から,ストレッサーが活性化した際の対処を準備する予防的な視点などが挙げられる。このような新しい視点の中で最も典型的とされる理論にProactive Coping Theoryがある。
 Proactive Coping Theoryでは,従来の研究のようにストレッサーと直面してからの事後的(reactive)なコーピングではなく,潜在的なストレッサーについて事前に対処可能である視点から「時間的な見通し」を取り上げ,ストレッサーが活性化していない将来にむけての予防的対処を含むコーピングが扱われる(川島,2007)。Proactive Coping Theoryの展開に伴って,Greenglass, Schwarzer, & Taubert(1999)はProactive Copingを測定する尺度としてProactive Coping Inventory(PCI)を開発している。PCIは6つの下位尺度からなる52項目のインベントリーである。下位尺度は「Proactive Coping(能動的コーピング)」「Reflective Coping(内省的コーピング)」「Preventive Coping(計画的コーピング)」「Strategic Planning(予防的コーピング)」「Instrumental Support Seeking(行動面でのサポート模索)」「Emotional Support Seeking(感情面でのサポート模索)」である。「Proactive Coping(能動的コーピング)」は,自主的な目標の設定に基づき,その実現のための行動と認知を結びつける対処努力,「Reflective Coping(内省的コーピング)」は,潜在的なストレッサーに対する予防と,その潜在的なストレッサーが顕在化するまでに予防的に準備する対処努力,「Preventive Coping(計画的コーピング)」は,イメージを比較することによって,行動の代案に関するシミュレーションをする対処努力,「Strategic Planning(予防的コーピング)」は,大きな課題を対処しやすい形へ分割していく,目標志向的な行動計画の見通し,とそれぞれ定義される。また,「Instrumental Support Seeking(行動面でのサポート模索)」は,ストレッサーに対処する前に,他者からのアドバイス,情報やフィードバックを獲得しようとする援助希求に関する対処努力,「Emotional Support Seeking(感情面でのサポート模索)」は,一時的な情緒的不快さを,感情を他者に開示したり,共感性や話し相手を希求することで制御する援助希求に関する対処努力,と定義される。

 本研究での検討対象であるDP者の特徴として,「起こり得るすべての状況を考慮して可能な限りの対策をする」ことが挙げられる。この点に関しては,従来のコーピング研究の枠組みでは検討できないため,今回の研究では拡張されたコーピング概念であるProactive Coping Theoryに伴い開発されたProactive Coping Inventory(PCI)による検討をおこなう。しかし,本研究では,質問紙調査によるシナリオ課題の提示をおこなうため,本来のProactive Copingの概念を汲み取るものではなく,Anticipatory Copingに限りなく近いものとして構成する。Anticipatory Copingは「切迫した脅威や近い将来に確実に生じる,個人が直面する重大な出来事を対処する努力」と定義され,その特徴は,将来生じる出来事が害や損失を引き起こしうるというリスクに対するマネジメントが主であるという点である。このコーピングの機能としては,たとえば,努力の量を増やす,援助を獲得する,あるいは他の資源を開発するなどの目前の実際的な問題・困難を解決していくことであり,予防あるいはstressorと闘うための資源を開発することを含むとされる。本研究ではProactive Coping Inventory(PCI)によって測定されたものを従来の「事後的コーピング」の対比として扱うため,本来であれば「事前的コーピング」と仮名するべきであろうが,その機能から今回は「予防的コーピング」と呼ぶこととする。

3.目的と手続き

 本研究の目的は“ネガティブ”な要因の,調和がとれた状態を模索し,適応性という観点から“ネガティブ”に価値を見出すことである。そこで今回は,「対処的悲観性」に対して「予防的コーピング」という考え方から議論をすすめることとする。すなわち,DP者の適応性を高めている機能が「予防的コーピング」段階で活発化するという仮定に基づき,「予防的コーピング」と「事後的コーピング」の関係性を明らかにすると同時に,SO者,DEP者との比較から,それぞれの「予防的コーピング」の特徴について探索的検討をおこなう。
 また,具体的な「予防的コーピング」の内容について,たとえば,失敗状況を想定するか,成功状況を想定するか,成否未確定状況を想定するかといった具体的内容記述の違いは,方略の特徴として,不安をどのように統制するかによって生じるものと考えられる。そのため,シナリオ提示によって「予防的コーピング」に関する記述を収集し,内容を分析することで,SO者,DP者,DEP者において,どのような行動がおこなわれ,どう違うのかを検討することができると考えられる。さらに,対処的悲観性の研究においては現在のところ,自分にとって重要であるかどうかという点において検討が重ねられている一方,社会生活をおこなううえで,問題の重要性について自分一人で対処することばかりではないだろうことをふまえ,今回は提示するシナリオ課題を2つ用意する。すなわち「重要な課題で自分一人が取り組む状況を想定させる条件」と「重要な課題を他者と共有する状況を想定させる条件」である。
 このように,DP者におけるコーピング研究に「予防的コーピング」を取り入れて検討することは,従来より詳細な知見をもたらす可能性があるのはもちろんのこと,「事後的コーピング」や調査対象者による具体的内容の記述を併せて検討することにより,悲観性においては「予防的コーピング」が有効であるという側面の検討も可能となろう。
 以上,本研究では「予防的コーピング」と「事後的コーピング」の関連についての検討を主な目的とし,加えて,より詳細な検討をおこなうために,ストレス状況の違いを含めることとする。

4.仮説

 本研究では「予防的コーピング」と「事後的コーピング」の関連についての検討を主な目的とし,加えて,より詳細な検討を可能にするために,ストレス状況の違いを含めることとする。なお,「予防的コーピング」の具体的内容の検討に関しては,仮説生成に十分な研究報告がなされていないため,仮説を設けず探索的に検討する。

<「予防的コーピング」と「事後的コーピング」の関係について>
仮説1:悲観的期待と熟慮を特徴とするDP者は,特徴の性質から考えても「予防的コーピング」をおこないやすく,悲観的期待と熟慮は問題への積極的取り組みを促すと考えられることから,「予防的コーピング」は「事後的コーピング」のうち問題焦点型により強い影響を示す。
仮説2:「予防的コーピング」はDP者の特徴の性質と同様,問題に対する事前準備であると考えられることから,「予防的コーピング」はDP者においてより多く観察できる。

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