問題・目的
ここは問題と目的のページです。
1.対人認知の基本次元
2.知的水準による影響
3.対人認知におけるプライミング効果(priming effect)
4.“社会的状況”という要因
5.カテゴリー化の影響
6.問題・目的のまとめ
7.仮説
1.対人認知の基本次元
われわれが他者に関する煩雑な情報から一つの他者表象を作り上げる際に用いられる内的なシステムとして,「暗黙裡の性格観(implicit personality theory:以下IPT)」という信念体系が仮定されている(Bruner & Tagiuri, 1954)。IPTとは,自らの人生経験に基づいて形成された人間の特性間の関連性に関する素朴な信念体系のことであり,様々な対人情報を処理する際に大いに利用されている。IPTは人生経験に基づいて形成されるものであるから,当然個々人によって違ってくる。
IPTの内容や構造に関する研究は数多くなされている。一般的には,多次元尺度法や因子分析などの手法を用いて,多くの人々が共通に持っていると考えられる他者評価次元の抽出が試みられている。例えば,Rosenberg, Nelson, & Vivekananthan(1968)は多くの性格特性語をそれらの類似度によってカテゴリー分類させることで,われわれが他者の印象を形成する際に用いる次元を「対人的特性」と「知的特性」という2次元に大別できると結論づけた。前者は感覚的快−不快,あるいは情緒的評価に関した好感・親和の次元をさし,後者は道徳的善−悪,あるいは知的側面の評価に関した尊敬・信頼の次元をさす(林ら,1983)。そして,民族的偏見や女性サブグループ,国民ステレオタイプ,対人知覚などのステレオタイプに関する種々の研究においてもこれら2次元の重要性は示唆されている(Fiske et al., 2002)。さらに,一般的に用いられる対人認知次元の抽出を試みた多くの研究において抽出された次元の分類を行った林(1978)において,対人認知構造を構成する基本的な次元としては,「個人的親しみやすさ」,「社会的望ましさ」,および活動性と意思の強さが組み合わさった「力本性」の3次元が設定できるとし,これまでの研究で抽出されている諸次元は,これら主要3次元の下位次元として位置づけられるとしている。林(1978)によって見出された「個人的親しみやすさ」次元と「社会的望ましさ」次元は,先に挙げたRosenbergら(1968)の見出した「対人的特性」に関する次元および「知的特性」に関する次元とそれぞれ関連が深いといえる。林(1978,1979)は大橋(1973)によって選定された20項目の特性形容詞対尺度をたびたび用いているが,上述の3次元が安定して見出されている。これらのことから,本研究においてもこれらの3次元を対人認知構造を構成する基本的な次元と考える。
2.知的水準による影響
Fiske, Cuddy, Glick & Xu(2002)は,ステレオタイプ的な判断におけるsocial good-bad次元,およびintellectual good-bad次元の評価の様相について検討している。そこでは,弁護士,黒人,教師など複数の社会的カテゴリー自体を認知対象として設定し,それぞれのカテゴリーに属する不特定の個人のパーソナリティについて上述の2次元から評価させている。その結果,それら2次元の評価は相補的な関係になる,つまり,どちらか一方の評価が高ければもう一方の評価は相対的に低くなるということが示された。さらに,Fiskeらはアメリカ国内の様々な地域でこの研究を行っており,その結果,一貫して相補的になることを見出している。
池上(2006)はこのことから,大学間の学力水準による序列を用いて,特定他者に対する評価においてもこのような相補性が同様にみられるかを検討している。そこでは,SPとして架空の大学生を設定し,その大学生が通っている大学について,実験協力者が自分よりも知的水準が高い(低い)と受け取れるような記述が冒頭に挿入された行動記述文を読んだ上で,対人的好ましさと知的望ましさの2次元から評価させている。その結果,自分よりも知的水準が高いと思われる大学の学生に対しては対人的には低く,知的水準が低いと思われる大学の学生に対しては対人的には高く評価する傾向がみられ,特定他者に対する評価においても同様の作用があることが明らかになった。それに加えて,知的な側面において他者が自分よりも上位であると知覚しているときと下位である知覚しているときでは,情報自体は同じであっても,それによって形成される印象が変わることが示されたといえる。
これらのことから,知覚された他者の知的特性という要因は,対人的な側面の印象を大きく左右する要因であると考えられる。しかし,自分よりも知的水準が高ければ対人的に好ましくないと評価する場合ばかりではないだろう。例えば,上述のFiskeら(2002)の研究においても,対人的好ましさ次元と知的望ましさ次元における評価のそれぞれを高低の2群に分け,それぞれを組み合わせると4種類の組み合わせができるが,各組み合わせに尊敬,嫉妬,同情,軽蔑というそれぞれ異なった感情が伴うこともいわれている。相補的になる場合に限れば,他者の知的望ましさを高く知覚することで自己評価が脅かされ,それに対する嫉妬から対人的好ましさを低く評価すると考えられる。逆に,他者の知的望ましさを低く評価した場合には,他者の自己高揚動機を傷つけたと感じ,それに対する同情から対人的好ましさの次元においては高く評価すると考えられる。それでは,知覚された知的特性と対人的特性の評価が相補的になるときと,そうではなく両特性とも高くなる場合,あるいは両特性とも低くなる場合とはどのような要因によって区別されるのであろうか。
そこで,本研究では,知覚された他者の知的特性と対人的な好ましさの評価との関係に影響を与える変数を検討すること,および,その影響の様相について考察することを目的とする。以下,対人認知事態に影響を及ぼす要因について整理していく。
3.対人認知におけるプライミング効果(priming effect)
近年,対人認知研究の領域で,情報処理的アプローチという研究パラダイムが積極的に導入されてきている。情報処理的アプローチというのは,人間を一つの情報処理システムと仮定し,情報に対する注意,符号化,保持・検索,出力・推論というように段階を分けてそれぞれの段階を詳細に検討しようとする認知心理学的な方法論である。
情報処理的アプローチという新たな方法論を導入したことで様々な文脈効果が見出されてきているが,その中でも特に議論が活発なのが“プライミング効果”(priming effect)である。対人認知事態におけるプライミング効果とは,印象評定とは一見無関係な先行刺激によってその後に行う情報の解釈や判断にバイアスがかかる現象のことである。例えば,Higgins, Rholes, & Jones(1977)では,印象評定の事前に次々と出てくる単語の背景の色を答えるという課題を行わせたのだが,その単語の中に“勇敢さ”と関連のある単語が含まれている条件と,“むこうみずさ”と関連のある単語が含まれている条件があった。その後,“勇敢”とも“むこうみず”ともとれる行動記述文にもとづいて印象評定をさせた結果,条件の間で印象評定が異なってくることが示されている。このような現象は,先行刺激によって記憶内に保持されているある特性概念(解釈の枠組み)が活性化されることで,後に情報を解釈する際にその枠組みが適用されやすくなるために起こると考えられている。印象評定に先立ってどのような情報を処理したかによって,同じ情報を用いて行った印象評価であっても異なってくるということである。
つまり,人物に関する特定の情報に基づいてその人物の印象を形成するわけであるが,形成される印象というのは,事前に処理を行った概念の影響を非常に受けやすいということである。さらに,このような効果は認知者自身が意識していないところで起こることであり,認知者本人は形成した印象がそのような影響を受けていることに気付いていないということである。したがって,日常生活のなかで他者の印象を評価する際にも知らず知らず何らかの影響を受けているといえる。今回,そのような影響を与える要因として,“状況そのもの”に注目し,“状況”を知覚することが印象評価に与える影響の様相について検討する。
4.“社会的状況”という要因
パーソナリティ研究の領域において,人の行動を説明する際に特性よりも状況要因を重視する“反特性論”(Mischel, 1968)や,個人差要因と状況要因の交互作用が最も人の行動を説明できるとする“相互作用論”(Bowers, 1973)が1970年代初頭から注目され,状況認知の重要性が指摘されてきている。社会心理学の領域では,Lewin(1935)の“場理論”において「人間の行動は特性と状況の関数によって説明される」ことが強調され,非常に早い段階から状況要因の重要性が指摘された。われわれは,社会的文脈の中で自己及び他者のおかれている状況に対応すべく行動しているのが普通であり,人間の行動の多くが,その場の状況に影響を受けていることは疑いの余地がない(廣岡, 1985)のである。
これらのことから,たとえ同じ認知対象であったとしても,知覚者やSPの置かれている状況によって,作り上げられる表象は異なる可能性があると考えられる。廣岡(1990)では,ゼミ,コンパ,デートという対人場面の印象評定への影響について検討しており,SPの置かれている場面によって,同じ行動記述文から形成される印象が異なることが見出された。それに加えて,印象評定項目の因子分析によって,「社会的望ましさ」の次元,「個人的親しみやすさ」の次元,「力本性」の次元を抽出し,それぞれの次元の重視度が場面によって異なることを見出した。つまり,背景となる状況の違いによって重視される特性が異なることが示されたのである。
さらに,他者についての印象が,従来の認知心理学で扱われてきているような知覚対象とは異なる,他者表象であることの独自性をとらえるには,他者にも意思があり何らかの意図や目的を持って自己とかかわりうるという側面を考えなければならないという指摘もある(北村,1999)。つまり,意思をもつ人間が認知対象となる対人認知事態について理解するためには,行動と特性や特性と特性の対応関係を明らかにするだけでは不十分であり,対象との関係性や関わり方といった側面も考慮に入れて印象評定の検討を行う必要があるといえる。このことから,社会的対象である他者の印象形成について考察を深めていく場合,SPとの相互作用を想定した状況におけるSPの印象評価について検討する必要があると考えられる。
そこで本研究では,SPとの相互作用を予期した場合の印象評定と,そのようなことを予期しない場合の印象評定との差異について検討を行う。さらに,予期される相互作用の違いによる印象評価の差異についても検討を加える。
Srull & Wyer(1979, 1980)や池上(1989)によるプライミング効果に関する研究では,印象評定に先立って好ましい特性語と好ましくない特性語のいずれかを認知的に処理したときの印象評定への影響について検討している。どちらの研究においても好ましい特性語として友好語,好ましくない特性語として敵意語を用いており,後続の印象評定は事前に処理した単語の評価的な意味合いと同じ方向へ傾くことが示されている。
印象評定に先だって友好語を認知的に処理させた場合と敵意語を処理させた場合では,人物に関する情報は同じであったにも関わらず後続の印象評定結果が異なってくることが示された。このことから,本研究においても予期させる相互作用の評価的な意味合いの違いによる印象評価への影響について検討を行う必要があると考えられる。つまり,「好ましい相互作用」を予期させた場合と,「好ましくない相互作用」を予期させた場合の効果について検討を行う。その際,Srullら(1979, 1980)や池上(1989)を参考にして,「友好的−敵意的」という次元が「好ましい−好ましくない」という次元の両極に位置付くと考え,「友好的な相互作用」が予期できる場合と「敵意的な相互作用」が予期できる場合に注目する。
5.カテゴリー化の影響
Tajfel & Turner(1979)によって提出された“社会的アイデンティティ理論”における議論の中で“社会的カテゴリー化”という概念がある。“社会的カテゴリー化”とは,「一般に社会環境を分割し類別し,秩序づける認知作用であって,これによって人は多様な社会的行為を実行することができる。」(柿本,2001『社会的認知ハンドブック』P.121)とされている。これにより自己に対して社会の中での位置づけが与えられ,この作用として,同一カテゴリーの成員間には類似性を,異なるカテゴリー間には相違性を過度に知覚する傾向が生まれることが示されている(Krueger & Clement, 1994;Rothbert et al., 1997)。池上(2006)においては自分の所属する大学への同一視の程度と相補的認知の関連についても検討されており,自校への自己同一視が高い場合に相補的な認知がより顕著になることが示されている。これについては“社会的アイデンティティ理論”の観点から考えれば,他集団に対する自集団の優位性を保つことで自尊心を維持しようとしたためであると考えられる。このような結果から,“社会的カテゴリー化”の影響によって,知覚された知的水準の持つ情報的価値や意味が異なる可能性が示唆されているといえる。よって,本研究では,SPが「あるカテゴリーの成員である」ことを強調する状況と,そうではない状況における評価の違いについても検討を行う。
6.問題・目的のまとめ
まとめると,本研究では,@社会的な相互作用を想起できる文脈として,「友好的相互作用予期」,および「敵意的相互作用予期」を設定し,社会的文脈の影響を明らかにするために,相互作用を予期させない場合の評価とそれぞれの文脈における評価の違いを検討する。具体的には,友好的相互作用として「SPとこれから友人として付き合っていく」,敵意的相互作用として「SPが,自分が就職したい会社を同じ時期に受ける」という状況を使用する。A“カテゴリー化”による影響についても検討を行うため,SPと知的に類似した第三者が存在する状況を作り,第三者が存在しない状況との評価の差異について検討する。
7.仮説
廣岡(1985)では,状況そのものに対する認知次元について検討しており,「親密性」,「課題関連性」,「不安」の3次元を抽出している。これらの次元の意味内容は対人認知次元と非常に類似しており,「親密性」は「個人的親しみやすさ」と,「課題関連性」は「社会的望ましさ」の次元にそれぞれ対応しているという。廣岡(1990)において,状況によって特性次元のsalienceが異なってくることが明らかとなっているが,状況そのものを評価するときに高く判断される次元に対応する対人認知次元のsalienceが高まる。今回の研究で用いる「友好的相互作用」と「敵意的相互作用」の特徴から考えられる仮説としては,
@「友好的相互作用」を予期している場合には「親密性」の側面に対する関心が高まると考えられ,対人認知の際には「個人的親しみやすさ」次元のsalienceが高まるだろう。それによって,知的水準にかかわらず,「対人的特性」の評価が,何も予期しない場合や「敵意的相互作用」を予期した場合よりも高くなるだろう。
A「敵意的相互作用」を予期している場合には「課題関連性」の側面が強調され,対人認知事態では「社会的望ましさ」次元のsalienceが高まるだろう。したがって,知的水準にかかわらず,「知的特性」の評価が,何も予期しない場合や「友好的相互作用」を予期した場合よりも高くなるだろう。
BSPと知的に類似した第三者を知覚した場合,SPと第三者のカテゴリー化が起こり,知的水準から認知される「知的特性」についての評価が,類似した第三者が存在しない場合に比べて極端になるだろう。すなわち,SPの知的水準が高い場合にはより高く,SPの知的水準が低い場合にはより低く知覚されると考えられる。