【考察】


1,「やせ願望」と「べき思考」との関わり


 「『やせ願望』の高さには『べき思考』の高さが関連している」 という仮説@を検証するために、 やせ願望尺度各因子得点とべき思考尺度各因子得点間の相関係数を求めた。 その結果、やせ願望尺度の「やせへのこだわり」得点とべき思考尺度の 「自己期待」得点との間に有意な正の相関がみられた(.168 p<.05)。 しかし、その相関係数はほとんど無相関に近い程の低い値であった。 次に、やせ願望得点 をHL群の2群に分け、べき思考尺度各因子得点を従属変数にして分散分析 を行ったところやせ願望の 高い者の方が、やせ願望の低い者よりも「自己期待」得点が高いという 結果が得られた。「やせへのこだわり」得点と「自己期待」得点の高さ は、個人個人が規則的に対応しているわけではないが、確かに「やせへ のこだわり」得点が高い人の中に「自己期待」得点が高い人が沢山存在 することを示唆する結果となった。以上の結果から、女子大学生におけ る「やせ願望」の高さと「べき思考」の高さの間には、規則的関係性は 低いにせよ確かに関連性は存在するということがわかった。よって、仮 説@は一応の支持を得たと言える。しかし、  「自己期待」は「べき思考」といっても、特 に自分自身に対して“〜べき”という考え方をすることであると言える 。よって仮説@は“一応の”支持を得た としたが、「べき思考」の中でも特に自分自身に対する“〜べき”とい う考え方にのみ関連性があるということを付け足す必要があるだろう。
  現代の世の中では、“やせてスタイルがよく美しい”ということは多 くの女性にとって“理想の女性像”と言えるものであろう。こう考えると、 自分自信に対して“〜べき”という考え方で理想を求める女性たちが、 が“自分は欠点のない人間でいるべきだ”と思っていたとしたら、そう いった“完璧な女性”になるための必要条件の一つに、「やせる」こと があげられるのは当然とも言えるだろう。そう考えると、やはり他者に 対して向けられる「べき思考」が強い人よりも、自分自身に対して向け られる「べき思考」の高い人の方が「やせ願望」が高くなることは理解 できる。


2,「やせ願望」と「自己評価」との関わり


 「やせ願望」と「自己評価」との関連を探るために、 やせ願望尺度各因子得点と自己評価尺度各因子得点との相関係数を求めたところ、 やせ願望尺度の「やせへのこだわり」得点と自己評価尺度の「自己防衛」得点 との 間に弱い正の相関がみられた(.290 p <.01)。また、「やせへのこだわり」得点 と自己評価尺度の「自尊感情」得点の間には有意な負の相関がみられた(−.183 p <.05)。しかし、その相関係数はほとんど無相関に近い程の低い値であった。また、 やせ願望得点をHL群 の2群に分け、自己評価尺度各因子得点を従属変数にして分散分析を行った ところ、やせ願望の高い者の方が、やせ願望の低い者よりも「自己防衛」 得点が高いという結果が得られた。これらの結果は、女子大学生における「やせ願望」 には、「自尊感情」得点の低さもやや関連しているが、それよりも「自己防衛」得点 の高さがより関連していることを示唆している。  

   「自己期待」は自己評価尺度の中でも、他者から見られる自 己に関する自己評価について表している。しかし、この「自己期待」の項目内容につい て検討してみると、梶田(1988)の自己評価的意識尺度でいう「自己受容」、つまり、自 分自身のありのままの姿を受け止めているかどうかに関わる項目が10項目中5項目を占め ていた。この「自己期待」で測定されていたことの中には、「自己受容」の低さも含まれ ているのだ。この「自己受容」の低さと、他者から見られている自分についての意識を含 めて考えると、“自分のありのままを受け止めたり認めたりし難く不満はあるにも関わら ず、他者からの目が気になり、少しでもよく見られたい、しかし傷つきたくもない・・・ ”といった様々な感情が複雑に絡まり合った、葛藤や不安感情といったものが推測される。 このように「自己期待」は「自己評価」というよりも、その背景にある不安感情など をあらわしているものだと言える。このよ うな気持ちの高い者は、他者からの目を気にして、自分自身の劣等感や自信のなさ といった不安を埋めるために「やせ願望」をふくらませるのではないか。前述したように、 べき思考尺度の「自己期待」が高い者が抱く「やせ願望」は、彼女たちがより完璧な自分に なろうとして抱くものなのではないかという考察をしたが、「自己防衛」が高い者が抱く 「やせ願望」は、これとは意味が違うもののように思える。
 質問紙において、「やせると どんな良いことがあるのか」という質問を自由記述の形で行ったが、女子の回答結果の中 に、「劣等感がなくなる」「自信がつく」「人の目を気にしなくて街を歩くことができる」 などの回答があった。この回答結果により、女子にとって“観られる”ということが強く 意識されていることや、やせていること、体重が軽いことなどが自分の評価を左右する重 大なこととしてみなされていることがわかる。これは、「自己防衛」の高さと「やせ願望」 の高さの関連性をよく表しているものだと思う。


3,「やせ願望」と社会的な期待に対する受け止め方との関わり


 筆者は思春期、青年期女子に多く抱かれている「やせ願望」には、やせを賛美する 社会的圧力が強く影響を及ぼしていると指摘し、本研究でも「やせ願望」と社会的な 期待に対する受け止め方との関わりを見ていきたいと前述した。女子のみを分析対象 にしてやせ願望尺度各因子得点と社会的期待受容尺度各因子得点間の相関係数を求め たところ、やせ願望尺度の「やせへのこだわり」得点と社会的期待受容尺度の「美へ の期待」得点との間に弱い正の相関がみられた(.217 p <.01)。この結果は、女子大 学生においては、やせたい気持ちと、“女性はやせてきれいであるべきだ”などとい うことが強く求められていると思う気持ちとの間には、関連性があることを示してい る。
 また、性別を独立変数、因子分析によって抽出された各尺度の因子得点を従属変数 にした分散分析の結果、「美への期待」得点で男子よりも女子の方が高い点数を示し 、有意な性差がみられた(F(1,257)=8.325 p<.01)。この結果は、社会的期待受容 尺度がすべて「女性は・・・」という質問形式をとっているため、いわば他人(女子 )のことを聞かれている男子より、自分自身のことを聞かれている女子の方が得点が 高くなることは当然とも言えよう。しかし、女子が実際に社会的な期待を受け止めて いるということは示されているだろう。また、社会的期待受容尺度の第U因子でもあ る「容姿偏重」得点を見てみると、女子(平均2.569点)と男子(平均2.560点)との 間でほとんど点数の差がなかった。この尺度の質問形式は、あくまでも「そのような 期待がどの程度社会の中で求められていると思うか」と聞き、「あなたはそのように 思うか」とは聞いていないので注意しなくてはならないが、この男子の回答結果は、 現代社会に、“女性は美しくあらなくてはならない”という抑圧的な考え方が存在す ることを裏付けるものとしてもとらえられるだろう。


4,社会的な期待に対する受け止め方と心理的特性との交互作用


 「社会的な期待を強く受け止めていたとしても『べき思考』が高くなければ 『やせ願望』は高くならない」という仮説Aを検証するために、従属変数を、 やせ願望得点、「やせへのこだわり」得点、 「ダイエット行動」得点の3変数に分けて、それぞれで2(「美への期待」得点HL群) ×2(「自己期待」得点HL群)の2要因分散分析を行った。その結果、 3つの変数すべてにおいて交 互作用が有意であった。「べき思考」の主効果を予測して仮説Aを立てたが、この結 果により仮説Aは支持されないことがわかった。各群ごとの得点の平均を線グラフに 表して検討してみたところ、従属変数が3変数のど れであっても、社会的期待の受け止め方の 程度が「自己期待」得点の各水準に及ぼす影響の方向が異なる逆方向の交互作 用があることがわかった。

  なぜ、社会的期待を強く受け止めていて「自己期待」も高い者 の方が、「自己期待」の低い者よりも「やせ願望」が低くなったのか、この点につい ていくつか予想できる原因をあげてみた。
  一つ目は社会的期待の受け止め方についての曖昧さである。そもそも社会的期待尺 度の質問形式は、回答者によってとらえられ方が違ってしまうものであることは前述 したが、それがこの場合も影響を及ぼしてしまったのではないのか。また、 「自己期待」が高い者についても、彼女たちが自分自身に期待をかける“有能さ”の中に、 “社会風潮に簡単に流されてはならない”など の冷静な判断ができることも含まれているとすると、「自己期待」が高い者は社会の期 待をより客観的に見つめることができ、それに易々と流されはしないはずだ。その点、 「自己期待」の低い者は、社会的期待の受け止め方の程度が上がるほどやせ願望も上が っている。 社会的期待の受け止め方が低い時は、 「自己期待」の高い者の方がやせ願望 高いが、この場合は社会的期待云々ではなく、「やせたい」という気持ちにさせるまた 違った心理状態が存在しているのかもしれない。しかも、それは“〜べき”という考え 方と何らかの関わりがあるものだと予想される。このように考えると、1で前述した「 やせ願望」と「自己期待」の関連性についての予想は考え直す必要があるだろう。人間 の心理状態は様々なことが複雑に絡み合っていて当然だが、この結果についてはさらなる検討が必要だろう。
 交互作用がみられた原因として予想されるものの二つ目と して、そもそも分散分析を行う際の筆者の群分けが適切ではなかったことがあげられる 。もともと正規分布していないようなデータを、上位1/3、下位1/3取り上げたか らといって、それをもってH群L群としてしまったのは軽率だったかもしれない。
 
 さて、次に「自己 防衛」を要因にした場合の考察を行いたい。問題と目的では「べき思考」についての仮 説しか立ててなかったが、分析を進めていく中で「社会的な期待を強く受け止めていた としても『自己防衛』が高くなければ『やせ願望』は高くならない」という仮説を立て、 それを検証することにした。「自己期待」を要因にした際と同様に2 ×2の2要因の分散分析を行った結果、3つの変数すべてにおいて 交互作用が有意であった。 よって仮説は支持されなかったと言える。各群ごとの得点の平均を線グラフにして検討 してみたところ、「自己期待」の場合と同様に平均のプロフィールが交差するものであ った。しかし、そのパターンは、「自己期待」の場合のそれとは明らかに違っていた。 それについて、従属変数を「やせへのこだわり」得点にした場合と、「ダイエット行動」 得点にした場合とに分けて考察したい。

    まず、「やせへのこだわり」得点を従属変数にした場合、平均のプロフィールは、社会 的期待の受容の程度が高い条件でやや交差していた。「自己期待」得点H群の「やせへのこだわ り」得点の低下よりも、「自己防衛」得点H群の低下の方が少ないのである。交互作用が 有意であるので述べても関係ないが、この分散分析の場合、「自己防衛」の主効果も5% 水準で有意になっていた。このことから「やせ願望」に対する関連性は、 「自己期待」よりも「自己防衛」の方が 高いことが示唆されるだろう。社会的期待の受容の程度が低い条件では、 「自己防衛」得点の高い者の方が、低い者よりも「やせへのこだわり」得点 が高かった。
  しかし、興味深いことに、従属変数が「ダイエット行動」 得点になると、上に書いたような平均のプロフィールにはならなかった。 「自己期待」の場合と同様に、社会的期待の受け止め 方の程度が「自己防衛」得点の各水準に及ぼす影響の方向が、はっきりと異な っているとわかるものであった。 “やせたい”という“願望”は誰でも抱けるものであるが、それを行動に移す際 にはやはり忍耐力、努力が必要となってくる。「自己防衛」が高い人は、因子間の相関 係数を求めたときにべき思考尺度の「無力感」 との間に弱い正の相関があり、心理的脆弱性を表しているとも言える「無力感」も共に 高い人であると考えると、行動に移す際に、“諦め”や“気負い” などを感じてしまっているとも思われる。彼らにとって、“願望”を“行動”に移すことはある意味“別問題” としてとらえられているのではないだろうか。


5,性差からみた「やせ願望」


 やせ願望は男子より女子の方が高いのかどうかを明らかにするために、 性別を独立変数、因子分析によって抽出された各尺度の因子得点を従属 変数にして分散分析を行った。その結果、男子よりも女子の方が「やせへのこだわり」得点 が高いことがわかった。すなわち男子よりも女子の方がやせ願望が高いことが示唆された。 また分散分析の結果、他の因子得点でも有意な性差がみられたものがある。 べき思考尺度の「無力感」得点、社会的期待受容 尺度の「美への期待」得点、自己評価尺度の 「自己防衛」得点においては、男子よりも女子 の方が高い点数を示すという結果が得られ、一方、自己評価尺度の「自尊感情」 得点では女子よりも男子の方が高い点数を示すと いう結果が得られた。 以上の結果は、なぜ女子のやせ願望が男子よりも高いのかを検討する上で、 示唆に富む結果であると言えよう。
 「無力感」は、 べき思考尺度の中でも、感情のコントロールに関する無力感の正当性、 外部の影響に対するコントロール不可能感の正当性を表すものであった。 「無力感」の項目の内容を見てみると、心理的な脆弱性が感じられる。 「自己防衛」は前述したように、不安感情のようなものを表している と思われるが、「無力感」と合わせてなぜこれらの得点が女子の方が男子よ り高くなるのだろうか考えてみた。
 
 そこで考えられることは、現在の社会 そのものが 女子にとって「自己防衛」や「無力感」が高くならざるを得ないようなものに なっているのではないかということである。フェミニズムの論者たちは、“女 性にとって理想的な痩身が幸福や成功への途であるという現代的な圧力や、女 性に対する性的役割の強制などが、不適切なニードや葛藤を起こし、それが近 年の摂食障害の増加にもつながっている”と主張する。女性 の理想像、女性美などは歴史的にみても社会構造や時代風潮によって様々に変化 してきた。女性はあるべき姿を 押しつけられ、そのように身体を加工・変形するような努力を強いられていると も言える。さらに現代社会は、やせて美しくあることを望まれているだけではなく 、女性の解放と社会的進出が進み、女性も自立した個人として男性と平等に働く のがよしとされる。しかし、そのためには、女としての肉体は非活動的で邪魔に なるだけである。 しかし、思春期から青年期にかけての女子の正常な身体的発育は急速な皮下脂肪 の蓄積と体重の増加を伴うものであり、前述したようなやせを賛美する社会的価 値観とは相容れないという事実が生まれてしまうのだ。 自我が確立されていく段 階において、こういった状況に居なくてはならないとしたら、 女子において、自分ではどうしようもない無力感、他者の目を 気にしてしまう不安感、様々な葛藤などが高まってしまうことは仕方が ないことだと思われる。


6,総合的考察


 以上のようないくつかの観点からの考察をふまえ、青年期女子におい て一般的に抱かれている「やせ願望」には、 「べき思考」といった“思考、信念レベル”に関することではなく、 「自己防衛」に表されていたような不安などの“感情レベル”に関するこ との方が強い関連性をもっていることがわかった。しかし、 この「自己期待」得点と「自己防衛」 得点との間には、相関係数を求めたところ中程度の相関が示されており、 この2変数についても何らかの関連性があることがわかる。このような ことを考えると、「やせ願望」には様々な要因が重なり合いながら影響 を与えているといことがわかる。社会的な期待の受け止め方と、 「自己期待」や「自己防衛」などの内的要因との交互作用がみられたこと にも同じようなことが言えるだろう。  さて、このように仮説を基に進めてきた分析結果について考察を述べて きたのだが、前述してきたようなことは「やせ願望」の一面を探る ことにはなったが、摂食障害を予防するための観点としてはまだまだ不 十分であると言えよう。なぜならば、本研究の中で「べき思考」や「自己防衛」 などと関連性があったのは、すべて「やせへのこだわり」、つまり“意識、願望レベル” についてのみであり、実際にダイエット行動に移しているかどうかには関連性がなかった。 筆者は問題と目的で、「やせ願望」から過度なダイエットを始め、それが深刻な摂食障害 へとつながってしまう危険性があると述べたが、“願望”を“行動”に移し、さらに それにのめりこんでいってしまう背景には、また違った心理特性や心理状況が関わっ ていると考えられる。また、やせ願望尺度の中でも極端なやせ 願望に関わる項目においてはすべてフロア効果がみられ、分析に持ち込めなかった 点についても、もっと女子の被験者を多くして、まずは本当にそのような 「摂食障害予備軍」と言える程の“極端に高い”「やせ願望」を抱いている者 がいるのかどうかを、予備調査により明らかにすればよかったと思われる。  

 本研究で、様々な要因が関わり合って「やせ願望」が高まっていくことを知り、 この「やせ願望」をさらに深く検討していくためには、より多くの観点が必要で あると感じた。摂食障害の予防とい うことのみならず、「やせ願望」が低年齢層にも広がっている現在、食行動の異常や、 ダイエットの一般化などがこれ以上進むと、成長過程において様々な悪影響が及ぼさ れることが懸念される。このようなことから、学校教育現場においても、健康的な 体重の維持の方法や、適切な食事、運動の奨励などを、早期から正しく教育してい く必要があると思われる。






 
【要約】 【問題と目的】 【方 法】 【結 果】 【考 察】



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