【問題と目的】
1,広がる「やせ願望」
神経性無食欲症、過食症などに代表される摂食障害
が近年話題になることが多い。摂食障害は、無食欲症
と過食症という相反する異常な食行動を含むが、これら
は全く別の疾患ではなく、相互に移行したり重複したり
する病態であり、その根底にはいずれにしても、肥満を
恐れやせを希求する強烈な「やせ願望」が存在するなどの
共通点がある。
しかし現代では、やせたいという気持ち、すなわち「やせ願望」
は、摂食障害患者に限らず一般的に多くの者が抱く心理となってい
る。特に、思春期、青年期女子においては実際の体型に関わらず、
このやせ願望は広く共有されており、竹内ら(1991)による女子中学生における調査
では、体重、体型に対する強いこだわりや、やせることに対する
競争意識、さらにやせている自分を高く評価するという価値観が
認められた。このように現代では、やせ願望を抱くことは決して
“異常”な心理とは言えないのだ。
2,「やせ願望」のもつ危険性 〜摂食障害との関係から〜
しかし筆者は、この当たり前とも言える「やせ願望」に問題意識を感じている。
もちろん、やせ願望が一概に危険であるとは言えない。健康維持の為に適切な
体重を維持したり、体重をコントロールすることが必要になることもある。
しかし、多くの女性が当たり前のように抱くこのやせ願望が、時に様々な
問題を生み出す原因となるのも事実である。その一つにやせ願望から始める
ダイエットがあげられる。現代は“ダイエットブーム”と言っても
過言ではない程、街には様々なダイエット方法が氾濫している。やせ願望
を多くの女性が抱いているのと同様に、思春期、青年期女
子においては、程度の差こそあれ多くの者が一度は何らかのダイエットを
経験しているだろう。しかし、やせ願望から何気なく始め
たダイエットが過度になり過ぎて、食行動異常を引き起こし、さらには摂
食障害という深刻な問題を生み出してしまう危険性もある。、
松本ら(1997)による女子高校生、女子大学生を対象にした調査によると、
摂食障害傾向が高い者とダイエットを高頻度で行う者とは有意な正の相関が
あることが明らかにさせた。このような現状を考えると、摂食障害の医学的診断基準を満た
すには至らないまでも、やせ願望から過度なダイエットや食行動の異常を引
き起こし、「摂食障害予備軍」とも言える状態に陥っている者は、思春期、
青年期女子において多く存在するのではないかと思われる。
やせ願望から無茶なダイエットを始め、
それがさらに摂食障害という危機的な状況を引き起こしてしまう可能性もある中、
健常者においてすでに広く共有されているやせ願望を探ることは、摂食障害の
予防的観点からも重要なことであると筆者は思う。よって本研究では、青年期に
あたる女子大学生を対象にして質問紙調査を行うことにより、彼女たちの多く
が抱いている「やせ願望」について、検討をして
いきたいと思う。
3,社会的圧力の影響
さて、このように多くの人に共有される「やせ願望」を理解する際に、
どうしても考えなければならないことがある。それは、現代社会における
“やせを賛美”する社会風潮である。特に女性は、やせて美しくあることに
対する「社会的圧力」とも言える
「期待」を強く受けていると思われる。やせ願望を男子よりも女子の方が強く抱い
ていることや(竹内,1992)、摂食障害が主として青年期の女子に発生する病気で
あることなどから、社会的に作り出されている抑圧的な女性美の影響が、思春期、
青年期の多くの女子におけるやせ願望にも強く関わっていると考えられる。
これらをふまえ本研究でも、“女性はやせて美しく
あるべきだ”などという社会的な期待を受け止める程度と、やせ願望との関わり
について見ていきたい。
4,「やせ願望」に関連する個人の心理的特性 〜「べき思考」との関連
しかし、そういった社会的な要因だけではやせ願望はとらえきれない。
同じ社会環境下にあっても、強くやせ願望を抱く者とそうでない者、
さらに、正常範囲でのやせ願望がその域から脱して病的なこだわりに
までなってしまう者などがいる。これには、社会的環境刺激に対する、
個人の何らかの内的反応の特性が強く関係していると思われる。摂食障害患者の心理的特性と
して、思考形式の障害があること、抑うつが関係すること、自己評価が
低いことなどがよく指摘されているが、健常者においてすでに抱かれて
いるやせ願望と、このような心理的特性との間に関連性を見いだせれば、
摂食障害の予防、早期発見、早期
治療にも役立つと思われる。
しかし、やせ願望と心理的特性の関連性を見出すにしても、様々な心理的特性
があるため、焦点化する必要があると思われる。そこで本研究では、摂食障害患
者の心理特性として指摘されるものの中から「思考形式の障害」を取り上げ、さ
らにその「思考形式の障害」の中でも、「〜べきである」「〜ねばらない」など
といった、融通がきかず自己強制力をもった考え方である「べき思考」に焦点を
あてることにする。よって本研究では、「やせ願望」を探る一つの方法
として、この「べき思考」と「やせ願望」との関連を明らかにすることを第一の目的
とする。仮説として、一つ目に「『やせ願望』の高さと『べき思考』の高さは関連し
ている」、二つ目に「社会的な期待を強く受け止めていたとしても『べき思考』が高
くなければ『やせ願望』は高くならない」、の二つを立て、これらを検証していくこととする。
5,自己評価との関連を探る
前述したように、摂食障害患者は
、自己評価が低いという指摘がされている。竹内(1993)は、体重の過大
認知と自己評価との関連を検討するために男女中学生を対象にした調査を
行ったが、その結果、自己評価の低さが女子中学生の体重の過大認知の
背景に存在する重要な要因であることが明らかにされた。筆者は、
摂食障害や体重の過大認知と自己評価との関係を
ふまえ、「やせ願望」と自己評価も何らかの関連性をもっているのではな
いかと考えた。
「やせ願望」を抱く者の心理的状態を探るために、「自己評価」
との関連も検討する必要があると思われる。どういった自己評価
の仕方がやせ願望と関わっているのだろうか。よって本研究では、
「やせ願望」と「自己評価」との関連を探ることを第二の目的とする。
6,多面的な視点から
本研究では前述したように、主に「やせ願望」と
「べき思考」および「自己評価」との関連について検討を進める
ことを目的とするわけだが、さらに多面的な視点からやせ願望を
探るために、実際の体型、ボディイメージとの関係、性別との関係、
やせたい理由についても検討していきたい。先行研究では、実際の
体型に関わらずやせ願望を多くの女性が抱いていることや(北川,1989)、
やせ願望を男子に比べ女子の方が強く抱いていること(竹内,1992
)が明らかにされている。また、ボディイメージの障害が摂食障害
の診断上重要な位置を占めていることから、摂食障害に関する健常者を
対象にした調査においても取り上げられることが多く(武田ら,1993;
竹内ら,1992など)、その結果、健常な女子中学生や高校生において、
実際の体重がやせ気味であっても体重を過大認知する傾向が認められている。
これら先行研究の結果をふまえ、本研究でも追試という形で検討していきたい。
よって本研究では、上に
述べたようなことから「やせ願望」をより多面的にとらえていくことを第三の目的とする。
7,仮説
以上に述べたことをふまえ、本研究では、4で前述したように以下の仮説を立て、これらをもとに検討を進めていきたい。
【仮説@】:「やせ願望」の高さには「べき思考」の高さが関連している。
【仮説A】:社会的な期待を強く受け止めていたとしても、「べき思考」が高
くなければ
「やせ願望」は高くならない。