考察
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本研究では、ノンバーバルスキルの高低がどのように不安感情と関わっているか、また、対人距離の違いによって、不安感情の変化に違いはあるかについて、以下の2つの仮説に基づいて検討した。
仮説1. 対人距離によって不安感情の変化に違いが見られる。
仮説2. ノンバーバルスキルが低いと、会話場面において対人距離が近いとき、会話後の不安感情が会話前に比べて高くなる。
結果によると、ノンバーバル感受性スキルとノンバーバル表出性スキルについては、距離及び会話前後の不安との関連において有意な差はみられなかった。また、ノンバーバル統制スキルについては有意な差がみられたが、このうち、ノンバーバル統制スキルが低くかつ遠距離条件のとき特に不安が低くなることが明らかとなった。以下では、本研究において設定した仮説を中心に考察を行う。
1.仮説1
本研究における実験状況の設定について先行研究の結果との比較
本研究における話題の設定について先行研究の結果との比較
2.仮説2
2-1.ノンバーバル感受性スキルについて
2-2.ノンバーバル統制スキルについて
3-3.ノンバーバル表出性スキルについて
全体考察
1.仮説1
仮説1. 対人距離によって不安感情の変化に違いが見られる。
仮説1について検討するため、距離(近距離/遠距離)×状態不安(会話前、会話後)の2要因の分散分析を行った結果、会話前後の不安の低下について距離による有意な差はみられなかった。
会話前に比べて会話後は有意に不安が低下していた。しかし、距離による違いは見られなかった。これにより、仮説1は支持されなかった。
仮説1は支持されなかったが、以下に検討可能性について述べる。
会話後は遠距離条件下の不安得点の方が近距離条件下よりも低くなっていた。距離の主効果はみいだせなかったが、遠距離条件下の会話後の不安得点が近距離条件よりも低かったことは、会話前に不安を感じていても、遠距離の方が不安が低下しやすい可能性が考えられる。
和田(1986)は、相互の関わりの程度を示す「直接性」について、対人距離が近くなるにつれ、「直接性」が高くなると述べている。このことから、近距離条件下では、相手との相互作用により意識を向けざるを得ないため不安が低下しにくかった可能性が考えられる。逆に、遠距離条件では、直接性が低いため、相手との相互作用に過度に意識を向ける必要がないため、不安を感じていても低下しやすかったのではないかと考えられる。
本研究における実験状況の設定について先行研究の結果との比較
2者間の会話を扱った実験では、市河ら(1989)は近距離を60cm、遠距離を160cmと設定し、和田(1990)では、近距離を60cm、遠距離を260cmとしている。
本研究ではホール(1970)の定義に従い、親密な他者との会話の距離から近距離を、公式な場での会話の距離から遠距離を設定した。特に遠距離条件の距離は研究によって大きく異なるが、これについて、実験室の環境の影響があったことが考えられる。一般に、広い部屋の中での距離と、狭い部屋の中での距離とでは、同じ距離でも距離に対する認知が異なることが言われている(渋谷,1990)。
本研究における実験では、実験室環境の項で示したように、広い部屋をテーブルで仕切ることによってその半分のスペースを利用して行った。
しかし本研究では、遠距離条件下の被験者の自由記述に「相手の人が遠いと感じた」と書かれていたり、実験後デブリーフィングを行った際に、近距離条件下の被験者であれば「確かに近いと感じた」と述べるなど、距離条件にそぐわない認知をした被験者は見受けられなかったため、実験条件は適切であったと判断した。
本研究における話題の設定について先行研究の結果との比較
話題については、被験者がアルバイトを経験していない場合も想定し、アルバイトをしていない場合の話題展開も統制していたが、被験者全員にアルバイトの経験があった。さらに、アルバイトについての話題は「比較的興味があり、話しやすい話題」とした市河ら(1989)の指摘の通り、被験者の自由記述でも多くが話しやすかったと書いており、話題は条件として適切であったと考えられる。
2.仮説2
仮説2. ノンバーバルスキルが低いと、会話場面において対人距離が近いとき、会話後の不安感情が会話前に比べて高くなる。
1.ノンバーバル感受性スキルについて
ノンバーバル感受性得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、3要因被験者内混合計画による分散分析を行った結果、有意差は認められなかった。
近距離条件下では、ノンバーバル感受性低群に比べノンバーバル感受性高群は不安得点が低い数値を示した。このことは、ノンバーバル感受性スキルが高いことにより、近距離においては不安が低下した可能性が考えられる。
一方で、遠距離条件下では、ノンバーバル感受性低群は会話後の不安得点が低い数値を示したが、ノンバーバル感受性高群はそれに比べて高い数値を示した。このことは、ノンバーバル感受性が高いことで、「相手はこう思っているのではないか」とか「自分のことをこう思っている」など過度に考えてしまい、逆に不安を高めてしまっている可能性も考えられる。
つまり、ノンバーバル感受性スキルを発揮して相互作用を円滑に進めようとするあまり会話の不安に影響していることが考えられる。自分のコミュニケーションがその場にふさわしいものではないのではないかなど、自分のコミュニケーション行動を相手の反応から読み取ろうとするが、遠距離条件下では相手の反応が伝わりにくくなることが考えられるため、不安感情を高めてしまうという可能性が考えられる。
2.ノンバーバル統制スキルについて
ノンバーバル統制得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、被験者内混合計画による3要因の分散分析を行った結果、ノンバーバル統制得点の低群において、時間経過(会話前/会話後)と距離の単純交互作用が見られた。
このとき、会話前には遠距離条件の不安得点が近距離条件に比べて特に高かった。
ノンバーバル統制とは、自らのノンバーバル行動から自分の考えていることや感情状態を読まれたくない場合に意識的に統制するということである。初対面の相手と相互作用する際には、自分をよく見せようとして、知られると自分に不利になるようなことは隠そうとすることが考えられる。
単純・単純主効果の検定によると、会話前では、統制スキルが低い方が不安が高かった。これは、初対面の相手と相互作用する際に、自らのノンバーバル統制スキルが低いという認知から、初対面の相手と相互作用する不安に加え、自分が緊張していることがわかったらどうしようという、統制スキルの低さからくる不安が加えられて、このように不安得点が高くなったと考えられる。
この点については、別の視点からも述べる。
ノンバーバル統制スキルが高いということは、自分の考えや感情状態を読まれたくない場合に意識的に統制する程度が高いということである。このことから、ノンバーバル統制スキルが低い人は同様の場合において自分の考えや感情状態が相手に伝わってしまっても構わない、気にしないということも考えられる。しかし、このように考えると不安得点が高くなることが説明出来ないため、上で述べたように相互作用する不安と統制スキルの低さからくる不安によって会話前の不安得点が高くなると考えた。
また、会話後の不安得点は統制スキルの高低に関わらず同程度の不安得点になっていたが、これについては会話そのものがうまくいったことによる可能性も考えられる。
被験者の自由記述において、統制スキルが低い個人の記述に、「思ったよりも固くなくて安心した」とか「初対面の相手と楽しく話せることはあまり多くないが、会話が楽しかった」というものがあった。
このことは、今回の会話場面では、ノンバーバル統制スキルが低いことが影響しにくかったことも考えられる。話しにくい話題であったり、面接など自分が評価されるような場面であった場合、ノンバーバル統制スキルが低いことによって不安があまり低減されないことが考えられる。
今回は話題設定がアルバイトについてのみであったが、このように話しにくい話題についても検討すれば、ノンバーバル統制スキルが低いことによって不安があまり低下しないという結果も得られるのではないかと考えられる。
3.ノンバーバル表出性スキルについて
ノンバーバル表出性得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、3要因被験者内混合計画による分散分析を行った結果、有意差は認められなかった(F(1,28)=0.91,n.s.)。
ノンバーバル表出性スキルが低いと、対人距離が近いとき会話後の不安得点は最も高かった。
また、ノンバーバル表出性得点(高/低)×不安感情の変化(会話前・会話後)の2要因分散分析の結果、F(1,28)=4.01(p=.055,n.s.)で有意傾向がみられた。これについて下位検定を行った結果、有意な差はみられなかった。ただ、各条件下の不安の得点の変化を見ると、ノンバーバル表出性スキル高群×近距離条件では、会話前の不安が低い傾向が見られた。
同時に、会話前には、ノンバーバル表出性スキルの低群はどちらの距離条件においてもノンバーバル表出性スキル高群よりも高い不安を示していた。大坊(1991)によれば、対人場面における緊張の低さがACTについての有力な推定要因となることが示されている。このことにより、ノンバーバル表出性スキルが高いことが対人相互作用を行う状況において安心感を与えることが考えられる。本研究ではこのことが影響して会話前の不安が低い傾向が見られたのではないかと考えられる。
また、大坊(1998)は、親密な他者との会話では、ノンバーバル行動がより多く出現すると述べている。
会話前後の不安得点の変化に注目すると、ノンバーバル表出性スキルが高い方が、低い場合に比べて低下の度合いが多少大きいことがうかがえる。ただ、有意な差がみられなかったのは、ノンバーバル行動をあまり出さないよう意識することが会話の不安に影響していることが考えられる。一般に、初対面の他者との会話において相手との相互作用に不安を感じ、相手との関係に合った行動をとろうとするが、ノンバーバル表出性スキルが高いことでこれを意識するあまり、逆に不安を高めてしまう可能性も考えられる。
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以上より、仮説2については支持されなかった。しかし、この中でノンバーバル統制スキルについて、ノンバーバル統制スキルが低いと、対人距離が遠いとき、不安が特に低下する傾向があることが示された。
総合考察
本研究では、会話前の不安は会話後には有意に低下していた。
だが、仮説1で示した「対人距離によって不安感情の変化に違いがみられる。」については支持されなかった。ただ、会話後の不安得点に注目したところ遠距離条件の不安得点が近距離条件よりも低い傾向が見られた。
また、仮説2で示した「ノンバーバルスキルが低いと、会話場面において対人距離が近いとき、会話後の不安感情が会話前に比べて高くなる。」については、ノンバーバル統制スキルが低いと、対人距離が遠いとき、不安感情がより低くなりやすい傾向が示された。
ノンバーバル感受性スキル、ノンバーバル表出性スキルについては、会話前の不安は会話後には有意に低下していたものの、距離とスキルと不安の低下の間に有意な差はみられなかった。
この点について、社会的スキルの自己評価の観点から述べる。原田・島田(2002)によれば、自己の社会的スキルを低く評価している人ほど対人不安を感じやすいことが言われている。
だが、社会的スキルのうちノンバーバル統制スキルについては、本研究では逆の結果となった。
これについて、渡部(2002)はノンバーバルコミュニケーションとバーバルコミュニケーションでは幾分か性質が異なるのではないかと述べている。このことも踏まえると、ノンバーバルスキルについては、スキルが高いことが一概に不安を軽減するとは言えないという可能性が示された。