1.分析対象者
質問紙に記入不備があった男性2人を除き、32名(男性16人、女性16人)を分析対象とした。
2.ノンバーバルスキル尺度の因子分析
被験者のノンバーバルコミュニケーションのスキルの差と不安感情の間にどのような関連があるかを検討するため、和田(1992)のノンバーバルスキル尺度改訂版について因子分析を行った。
和田(1992)はこの尺度について、主因子法、バリマックス回転を行い、ノンバーバル感受性とノンバーバル統制、ノンバーバル表出性の3因子を抽出している。
しかし、本研究においては、同様の結果が得られなかったため、全15項目について、最尤法、プロマックス回転による探索的因子分析を行った。因子数について2因子解から4因子解まで順次検討し、固有値の減衰状況や因子負荷、解釈可能性の点から、2因子解を最適解として採用した。
また、このとき因子負荷が.40以下であった項目は分析の対象から外した。
これより、第1因子は、「3.私は、隠す必要があれば、誰に対してでも私の本当の感情(気持ち)を隠すことができる」など感情や気持ちが外に出ることを統制することに関する項目が多く見られたため、和田(1992)に基づき「ノンバーバル統制因子」と命名した。なお、項目6、7、15は逆転項目と判断し、以降の分析を行った。
第2因子は「14. 初めて会った時でさえ、私はその人の性格特徴を正しく判断することができる」など他者の特性をその行動により的確に受け取ることに関する項目が見られ、和田(1992)に基づき「ノンバーバル感受性因子」と命名した。
また、ノンバーバルスキル尺度改訂版(和田,1992)はノンバーバル感受性とノンバーバル統制、ノンバーバル表出の3因子に分けられるとされているが、本研究においてはノンバーバル表出の因子がうまく抽出できなかったため、和田(1991)に従ってノンバーバル表出性の1因子構造の尺度とされるACTをもって、これをノンバーバル表出性因子とした。
さらに、各因子の内的整合性を検討するため、クロンバックのα係数を求めたところ、ノンバーバル感受性に関する項目の信頼性がα=.734、ノンバーバル統制に関する項目の信頼性がα=.759、ノンバーバル表出性に関する項目の信頼性がα=.751であった。これより、それぞれの因子に高い内的整合性が得られたと判断し、「ノンバーバル感受性因子」をノンバーバル感受性得点、「ノンバーバル統制因子」をノンバーバル統制得点、ACTの13項目から「ノンバーバル表出性因子」をノンバーバル表出性得点とし、それぞれの得点について平均値で高群と低群に分け、以降の分析に用いることとした。
3.不安の指標(STAI日本語版)
本研究では、状態不安の尺度であるSTAI日本語版を会話実施の前後で実施し、それぞれ、「会話前の不安」、「会話後の不安」の指標として用いた。
本尺度の評定値について、清水・今栄(1981)に基づき、20項目の得点を合計して不安得点とした(α=.80)。このとき、項目「1.平静である。」、「2.安心している。」、「5.ホッとしている。」、「8.ゆったりした気持ちである。」、「10.気分がよい。」、「11.自信がある。」、「15.リラックスしている。」、「16.満足している。」、「19.ウキウキしている。」、「20.たのしい。」の10項目は逆転項目として扱い、以降の分析を行った。
4.仮説1の検証
本研究においては、2つの仮説を設定して実験を実施した。以下では、その2つの仮説検証を行いながら、結果と考察をしていくこととする。
仮説1の検証
仮説1は「対人距離によって不安感情の変化に違いが見られる」というものであった。
まず、会話前後の不安感情の変化を検討するために、以下の分析を行った。
状態不安得点について、会話前および会話後の平均得点、標準偏差をそれぞれ求めたところ、近距離条件の平均点は42.75点(SD=6.87)から35.13点(SD=6.73)に下がり、遠距離条件の平均点は43.81(SD=7.16)から32.94点(SD=4.58)に下がった。この結果から、会話後の状態不安得点の平均値は、会話前に比べて、.05水準で有意に低下していたことが示された。
さらに、仮説1「対人距離によって不安感情の変化に違いが見られる」を検証するため、対人距離(近距離/遠距離)×状態不安(会話前、会話後)の分散分析を行った。その結果、F(1,28)=2.186で、会話前後の不安の低下について距離による有意な差はみられなかった(p<.15,n.s.)。
また、和田(1990)では性別による違いがみられたことから、性別による違いを検討するため、性別(被験者間要因)×距離(被験者間要因)×会話前後の不安(被験者内要因)の3要因分散分析を行ったところ、性別の主効果はみられなかった。これにより、性差はないものとして以下の検討を行った。
5.仮説2の検証
仮説2は「ノンバーバルスキルが低いと、会話場面において対人距離が近いとき、会話後の不安感情が会話前に比べて高くなる。」というものであった。
これを検討するため、ノンバーバルスキル尺度の3つの下位尺度について、ノンバーバル感受性得点、ノンバーバル統制得点、ノンバーバル表出性得点とし、それぞれ得点の平均値によって高群と低群とに分けた。それぞれの群において、ノンバーバルスキルと対人距離と会話の前後の不安の関連を検討するために、ノンバーバルスキルの各下位尺度ごとにスキル高・低群間における不安得点の差について被験者内混合計画による3要因の分散分析を行った。
仮説2−1. ノンバーバル感受性スキルについて
距離およびノンバーバル感受性スキル得点の高低で分けた群についてそれぞれ会話前後の不安得点の平均値を求めた。この値について、ノンバーバル感受性スキルと距離および不安感情の変化について検討するため、ノンバーバル感受性得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、被験者内混合計画による3要因の分散分析を行った。被験者の会話前後の状態不安の変化を従属変数とし、分散分析を行ったが、有意差は認められなかった(F(1,28)=1.445,n.s.)。
また、各群の得点に注目したところ、ノンバーバル感受性スキル高群×近距離条件において会話前の不安得点が他の群に比べて特に低い値を示していた。これは、ノンバーバル感受性スキルが高い人が近距離で初対面の人と話したときに、他の条件の人に比べて不安感情が低くなるということである。
また、ノンバーバル感受性スキル低群×遠距離条件において、会話後の不安得点が大きく低下していた。これは、ノンバーバル感受性スキルが低い人が遠距離で初対面の人と話したときに、他の条件に比べて会話後の不安感情が低くなるということである。
仮説2−2. ノンバーバル統制スキルについて
距離およびノンバーバル統制スキル得点の高低で分けた群についてそれぞれ会話前後の不安得点の平均値を求めた。
この値について、ノンバーバル統制スキルと距離および不安感情の変化について検討するため、ノンバーバル統制得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、被験者内混合計画による3要因の分散分析を行った。
被験者の会話前後の状態不安の変化を従属変数とし、分散分析を行った結果、2次の交互作用がみられた(F(1,28)=8.189(p<.01))。これより、単純交互作用の検定を行った結果、ノンバーバル統制得点の低群において、時間経過(会話前/会話後)と距離の単純交互作用がみられた(F(1,13)=10.909,(p<.01))。
ここで、単純・単純主効果の検定を行ったところ、距離の単純・単純主効果はみられなかったが、ノンバーバル統制スキルが低い人が遠距離での会話をするとき、会話後の不安がより低くなる傾向が明らかとなった。
また、単純交互作用の検定を行った結果、遠距離条件において、時間経過(会話前/会話後)×ノンバーバル統制得点(高群と低群)に単純交互作用がみられた(F(1,14)=8.200,(p<.05))。ここで、単純主効果の検定を行ったところ、ノンバーバル統制得点の単純主効果は見られなかったが、遠距離においてノンバーバル統制スキルが低いと会話後の不安が低くなる傾向が明らかとなった。
仮説2−3. ノンバーバル表出性スキルについて
距離およびノンバーバル表出性スキル得点の高低で分けた群についてそれぞれ会話前後の不安得点の平均値を示めた。
この値について、ノンバーバル表出スキルと距離および不安感情の変化について検討するため、ノンバーバル表出性得点(高/低)×対人距離(近距離/遠距離)×時間経過(会話前・会話後)の、被験者内混合計画による3要因の分散分析を行った。被験者の会話前後の状態不安の変化を従属変数とし、分散分析を行ったが、有意差は認められなかった(F(1,28)=0.91,n.s.)。