要旨  方法  結果  考察  引用文献


問題と目的




1.はじめに

  友人への頼みごとから、商品コマーシャルや学校における生徒への指導まで、日常生活の中には説得場面があふれていると思われる。

たとえば消費者がAとBどちらの商品を買うかという意思決定に影響を与える商品広告は、一種の説得的コミュニケーションととらえることができる(石橋・中谷内,1991)。

また学校で教師が集団指導場面において訓話を行う時、それは説得的コミュニケーションの枠組みとしてとらえることができる(阿部・内野,2005)。

その説得において、どのような人から、どのような説得内容で、またどのような人に対して、影響が大きいかが分かれば、効果的な説得をおこなえるであろう。

また、ある人にとって影響の大きい説得内容は、別の人にとって影響が小さいことも考えられる。そこで本研究では、説得者、説得の内容、被説得者の3点から説得の効果の検証をおこない、このような人に対してはこのような説得が効果的であるということを明らかにすることを目的とする。


2.態度

  人はある対象に対し一定の感情、認知、行動の傾向をもち、それに基づいて一貫した行動をとる傾向がみられそうである。

もし、このような一定の傾向があるとすれば、その個人の感情や認知から行動が予測でき、その個人に対する対応の仕方が分かってくる。

このような傾向を態度という概念で理解し、この態度の形成と変容についての研究が、長い間社会心理学の中心的問題となってきた(原岡,1992)。

 Allport,G.W.(1935)は、「態度は精神的神経的準備状態であり、経験を通して組織化され、関連ある対象や状況に対するその個人の反応に指示的力動的影響を与えるものである。」と述べている。

また、Krech&Crutcfield(1948)は、態度を「その個人の世界のある側面に関して、動機づけ的、感情的、知覚的、認知的過程の永続的組織」と定義している。

今日用いられている態度の最も一般的な定義はRosenberg&Hovland(1960)による「認知的、感情的、行動的成分をもった永続的方向付け」である。原岡(1992)はそれらの成分を以下のように説明している。

「認知的成分は、ある特定の態度対象について持っているすべての認知、例えば、その対象に関する事実、知識、信念などからなるものである。感情的成分は、その対象に対するその個人のすべての感情や情緒、特に評価からなっている。

行動的成分は、その対象に関する反応の準備状態あるいは行動の傾向からなるものである。」しかし今日では態度概念の中に行動的側面を含めることには批判が加えられており(吉田,2011)、本研究では態度を「認知的、感情的成分をもった永続的方向付け」と定義する。

3.説得的コミュニケーションと態度変容

 冒頭で述べたような説得場面とは、態度を変えようという試みであるといえる。この中で最も多く用いられるのが、説得的コミュニケーションを用いた態度変容の試みである(原岡,1992)。

説得的コミュニケーションとは、「送り手が主に言語コミュニケーションを用いて、非強制的なコンテキストの中で、受け手を納得させながら、その態度や行動を意図する方向に変化させようとする社会的影響行為あるいは社会的影響過程(深田,2002)」であり、

「態度の変容を目的としたメッセージによる情報の提示(松井・西川,2005)」といえる。説得的コミュニケーションの効果は「送り手の要因」「メッセージの要因」「受け手の要因」によって左右される(水野, 1980)。

初期の研究では、それぞれの要因が単独で態度変容に一方向的な効果を持つと考えられてきたが。その後の研究では、これらの要因の相互作用により説得効果が規定されることが明らかになっている(遠藤,2004)。

そこで本研究においても、「送り手」「メッセージ」「受け手」の要因の相互作用に着目し、以下、これら3つの要因に関係する先行研究をレビューしていき、本研究の条件を設定する。

3-1.送り手の要因

 説得者を好意的に評価すればするほど、自分の態度を説得者の説得方向により多く変化させるという傾向が多くの研究で得られている(原岡,1992)。

このことは、児童から好かれている教師の方が好かれていない教師よりも、指示を聞いてもらいやすいという例を考えれば納得できるだろう。

中学校における教師の説得的コミュニケーションの実態について調査した阿部・内野(2005)は、効果的な説得要因として教師の勢力および信憑性をあげている。

説得者の好意的評価の要素となるものの1つが信憑性であり(原岡,1992)、Hovland & Weiss(1952)は信憑性の内容を専門性と信頼性の2つに区別している。

3-1-1.専門性

 山浦ら(1997)は、説得者の専門性と受け手との関連性が態度変容に及ぼす影響を検証している。

その結果、説得者の専門性が高いときの方が低いときに比べて影響が大きく、受け手は専門家のメッセージ内容を好意的に評価していることが明らかになった。

この結果からは、説得者の専門性が高ければ説得の影響が大きくなるといえそうであるが、必ずしもそうではない。伊藤(2002)は、説得者の信憑性・論拠の質・話題への関与を操作し、態度の変容を試みている。

ここでいう信憑性は操作方法から専門性と言い換えられる。結果、関与が低い場合においては信憑性の効果が認められているが、関与が高い場合においては信憑性の効果が認められなかった。

関与とは受け手側の要因であるため、受け手の要因によって、専門性が持つ説得への影響が変わってくるということがこの研究から分かる。

これらの研究以外にも、専門性は多くの説得研究において用いられており、変数として扱う妥当性は充分であるとし、本研究では「送り手の要因」として専門性を当てはめ、説得的コミュニケーションによる態度変容との関連を検証する。

3-2.メッセージの要因

  メッセージの要因の1つに、論拠の質がある。論拠の質とは、説得するにあたって、もっともらしい内容であるかどうかということである。

伊藤(2002)は、この論拠の質と説得者の信憑性、話題への関与を扱った研究をしている。関与が高い場合においては、論拠の質の効果が認められたが、関与が低い場合においては論拠の質の効果は認められなかった。

つまり、受け手の話題への関与の違いによって、論拠の質の効果が変わってくる。もっともらしい内容で説得された方が説得の効果は高くなりそうだが、必ずしもそうであるとはいえないのである。

このことから、論拠の質は受け手の要因により説得への効果が変わってくるものであるとし、本研究では「メッセージの要因」として当てはめ、説得的コミュニケーションによる態度変容との関連を検証する。

3-3.受け手の要因

  受け手の要因とは、説得対象となる受け手が説得事態に持ち込む側面をいい、態度、人口学的特性、パーソナリティーやスキルといった、相対的で永続的な個人の側面が含まれる(深田ら,2002)。

ここでは、人口学的特性としてジェンダーと、パーソナリティーとして外向性を取り上げる。

3-3-1.ジェンダー

   多くの研究で性差は検討されており、説得的コミュニケーションに関する研究においてもこれまで多く検討されている。

上野(1994)は、説得的コミュニケーションに対する被影響性の性差をコミュニケーションの圧力の強さとの関連において検証し、また被影響性の性差の生じる媒介過程を究明している。

結果、説得による同意への圧力が小さい場合には被影響性の性差が認められなかった。それに対して、圧力が大きい場合には女性被験者では説得を受容する反応が見られ、男性被験者では説得への抵抗が見られた。

また、メッセージ接触中に生じる受け手の認知反応や送り手に対する評価が、被影響性の性差を生み出す媒介変数として関与していることが示唆されたと述べている。

つまり、圧力が大きい場合、メッセージ接触中に生じる受け手の認知反応や送り手に対する評価に性差が認められ、それが被影響性の性差に繋がるということである。

ここで一つ疑問が生じる。男性の持つ何が説得への抵抗を生じさせ、女性の持つ何が説得を受容させているのだろうか。その答えとして、ジェンダーパーソナリティーを取り上げる。

ジェンダーとは、社会的な性を指し、ジェンダーパーソナリティーとは、社会的な性を性格として持っているかということである。このジェンダーパーソナリティーを測る尺度としてBSRI(Bem Sex Role Inventory)があり、

それを用いてBem(1984)は、集団圧力への同調傾向を検証している。その研究では、男女ともに女性型は集団圧力への同調傾向を示し、男性型と両性具有型ではともに非同調・独立的な反応傾向を示すという結果が得られている。

このように、集団圧力に対して同調するか否かを決める要因は生物的な性ではなく、個人が持つ社会的な性であることが分かる。説得的コミュニケーションの研究において、このジェンダーパーソナリティーを扱ったものは筆者が探した中では見つかっていない。

そこで、本研究では、「受け手の要因」にジェンダーパーソナリティーを当てはめ、説得的コミュニケーションによる態度変容との関連を検証する。

3-3-2.外向性

 パーソナリティーとして向性というものがある。向性は外向性と内向性に分けられ、岸本・今田(1978)は外向性が高い人(外向型)と外向性が低い人(内向型)を次のように説明している。

「外向型の人は、社交的で会合やパーティーを好み、友達が多く、話し相手を求め、ひとりで読書をしたり仕事をしたりすることを好まない。

刺激を求め、物見高く、そのときはずみで行動する、衝動的な人である。いたずら好きで、一般に変化を好み、気苦労がなく、楽天的である。

攻撃的ですぐ腹を立て、常に信用できる人とは限らない。内向型の人は、物静かな内気な人で、内省的であり、人と接触するよりは本を読む方を好むし、親しい友だちは別として、無口でよそよそしい。

実行する前にあらかじめ計画を立て、非常に慎重である。日常生活の諸問題をきまじめに取り上げ、秩序だった生活様式を好む。攻撃的な行動はほとんど示さず、たやすく腹を立てない。

信用できるが、幾分悲観的で論理的基準に大きな価値を置く。」パーソナリティーを5因子モデルからとらえた、いわゆるビッグファイブにおいても、外向性は下位次元の1つとしてとりあげられ、その本質は活動性と刺激希求性にある(玉瀬,2004)。

米川ら(1982)は、この外向性を受け手の要因として扱い研究をおこなっている。米川ら(1982)は、外向者は感覚閾値が高く、連続した刺激作用に対する順応ないしは制止が大きく、内向者はこの逆であるということ、

また外向者は内向者よりも要求水準を状況に応じて変化させる傾向が強いという個人内変動が高く、外向者は場に依存する傾向が強いのに対して、内向者は場に独立する傾向が強いといったことなどから、

社会的刺激としての説得的コミュニケーションが態度変容に及ぼす度合いは、外向者の方が内向者よりも大きいと予測し、説得的コミュニケーションによる態度変化と外向性との関連を検討している。結果、態度変化は外向者のみ有意であり、

このことから説得的コミュニケーションのような社会的刺激において、外向者の方が内向者よりも刺激を積極的に受容するものであるとしている。また、松井・西川(2005)も同様に外向性を受け手の要因として扱い、態度変容との関連を検証している。

その結果、外向性と態度変容との関連は見出されなかった。これらの研究の間で一貫した結果が得られなかったことについては以下のようなことが考えられる。まず、松井・西川(2005)が考察の中で述べているように、両者の研究で使用された尺度が異なるという点である。

次に、外向者というのは積極的に刺激を受容するものとされているが、説得的コミュニケーションにおいて刺激を受容するということは唱導方向に態度を変容させるということだけではなく、唱導方向とは逆の方向に態度を変容させるということも考えられる。

逆に内向者は態度を唱導方向にも逆方向にも変容させないだろう。松井・西川(2005)は、態度の変容を実験前後の得点差で測定しているが、唱導方向かその逆方向かのどちらに変容しているかは問題としていない。

そのため、外向性が高い者の中には、唱導方向へ態度を変容させた者と唱導方向と逆方向へ態度を変容させた者が混在しており、外向性得点と態度変容との有意な相関が得られなかったのではないだろうか。

また、松井・西川(2005)では、送り手の要因を設定しておらず、被験者によって説得者の捉え方が異なることが予想される。その捉え方の異なりによって、被験者が態度を変容させる方向が変わってしまったと考えられる。

つまり、外向性が高い者は説得的コミュニケーションという刺激に対して態度を変容するという反応を示すが、その態度が唱導方向へ変容するのか逆方向へ変容するのかは、他の要因によって左右されるのではないかという疑問にたどり着く。

 以上のことから、本研究では「受け手の要因」に外向性を当てはめ、説得的コミュニケーションによる態度変容との関連を検証する。

本研究の目的をまとめると、送り手の要因とメッセージの要因を考慮した上で、ジェンダーパーソナリティーと外向性が態度変容に与える影響を明らかにすることである。

4. 本研究における仮説

 仮説1: 男性性と説得者に対する印象、メッセージに対する評価、態度変容は負の因果関係を示す

仮説2: 女性性と説得者に対する印象、メッセージに対する評価、態度変容は正の因果関係を示す

仮説3: 外向性と説得者に対する印象、メッセージに対する評価、態度変容は条件によって方向の異なる因果関係を示す

仮説4: 説得者に対する印象と態度変容は正の因果関係を示す

仮説5: メッセージに対する評価と態度変容は正の因果関係を示す