T、問題と目的

 長田は、「人間は、一人では生活できないほどに周りの人々や集団に依存して生活している。社会生活において、個々人は相互に刺激となり反応を返し合うことを繰り返す。このような相互作用を経て、個々人の間にある程度持続性を持つ心理的な結びつきが形成される。このような個人対個人の心理的な結びつきを対人関係(interpersonal relations)」と定義している。つまり、人間が生活していくためには、対人関係というものは欠かせないものとなっているといえる。
 さらに、「対人関係がこじれればストレスの原因になるのに対して、対人関係が好調であれば生きがいや充実感をもたらす」ともいっており、対人関係がその人の実際生活に大変影響しているといえる。
 これは、大学生が生活していく上でも当然あてはまることであり、たいていの大学生は対人関係が広がるだろう。そのため、関わっている相手の中には、つきあっていくことがあまりうまくいっていないという人物もいるのではないだろうか。そして、その相手に対して少しでもうまくつきあっていきたいと考えることもあるだろう。
 そこで、つきあっていくことがあまりうまくいっていないが少しでもうまくつきあいたいと考える相手とのつきあい意識が向上するには、短期療法のひとつの解決焦点化アプローチ(Solution-Focused-Approach,以下SFAと略す)が有効なのではないかと考える。
 SFAとは、問題除去ではなく解決構築に焦点を当てるアプローチで、クライエントの有能感・達成感・自信を育てていくものであり、ウィスコンシン州ミルウォーキーのBrief Family Therapy Centerにおいて、Steve de Shazer(1985,1988,1991,1994)やInsoo Kim Berg(1994)と同僚たちによって始められたものである。
 Steve de Shazerら(1987)は、SFAの基本的な3つの理念を示している。第1のルールは「うまくいっているなら、直すな」、第2のルールは「うまくいくと分かったら、同じことをもっとせよ」、第3のルールは「うまくいかなければ、2度とやるな。何か別のことをせよ」である。そして、Walter,J,L., &Peller,J.E.(1992)は、SFAの5つの前提を示している。第1の前提は「うまくいくところに目を向けていれば利益をもたらす変化が生じる」、ということである。第2の前提は「どんな問題にも例外が見つかるので、それを解決に変えることができる」ということである。第3の前提は「小さな変化はさざ波のように広がり、より大きな変化になっていく」ということである。第4の前提は「クライエントは誰でも自分の抱える困難を解決するために必要なものを持っている」ということである。第5の前提は「クライエントの目標をポジティブに見ること」である。
 SFAにおいて「例外」とは、クライエントの生活の中で問題が起こり得るであろうと考えられる時にどういうわけか起こりえなかった、うまくいっている状態であり、すでに解決に近づくようなことをやっているという状態である(本研究では、「例外」を「うまくいっているところ」という)。「うまくいっているところ」を引き出すことで、カウンセラーはクライエントに彼らの現在と過去の成功例を自覚させることができる(De Jong and miller,1995)。
 そしてクライエントは、その引き出された「うまくいっているところ」を繰り返すことで意欲や自信を高め、解決へとより近づくことができる。この考え方は、しばしば面接において「課題」として使われる。例えば、カウンセラーはクライエントに対して、「(引き出された)うまくいっているところを、次回の面接まで続けてやってみて下さい。」・「今しているいいことをもっとやってみて下さい。」などというようなことを「課題」として提案する。これは、前述したSteve de Shazerら(1987)の示したSFAの基本的な理念の1つ、「うまくいくと分かったら、同じことをもっとせよ」である。
 また、現在の状態を0から10までなどの尺度に置きかえて点数化する「スケーリングクエスチョン」では、クライエントが今のところにどうやって達成したのか、そして点数を上げるために何をすればいいのかを客観的に見ることができる。
 宇田(1999)は、中学校の教師や親、生徒とSFAを用いた面接の中で表れてきた「既に始まっている解決」や「リソース」を整理して示した。そして、面接の中から生徒の「リソース」や「既に始まっている解決」を数多く取り出している。
 手島(2002)は、SFAの技法「スケーリングクエスチョン」と「うまくやっているところ」に焦点を当てただけで中学生の進路指導における意識向上効果について検証しており、おおむね効果が見られた。
 また、岡田(2002)は「スケーリングクエスチョン」と「例外」・「目標設定」を用いて、今日の小学生の友人関係の問題解決にも有効ではないかと考え、SFAに基づいた「友達と仲良くなれるためのプログラム」を実施した。この研究の結果から、一度きりのプログラムであっても、問題を抱えた児童にこそより効果があると考えられている。
 そこで、本研究では、良い状態や解決した時の状態に目を向けるSFAが、大学生の対人関係において、うまくつきあえない・つきあいにくいと思うがうまくつきあいたいと考える人物とのつきあい意識を向上させることにも有効であるのではないかという見解から、「スケーリングクエスチョン」と「うまくやっているところ」・「課題」に焦点を当てた実験プログラム「つきあい意識向上プログラム」を作成した。
この実験プログラムは2種類ある。1つ目は、「うまくやっているところ」を引き出して、その引き出した「うまくいっているところ」を1週間繰り返し行ってもらう、という「課題」を教示した実験プログラムAであり、2つ目は、「うまくやっているところ」を引き出すだけの実験プログラムBである。
 この2種類のプログラムでつきあい意識およびスケール値の変化が、各実験群間の実験前と実験後の差がどのように現れるのかを検討していきたい。



 
T、問題と目的 U、研究T V、研究U W、総合考察 X、今後の課題 Y、引用文献