本研究は、初対面の異性に感じる魅力を、セルフモニタリング傾向と拒否不安との関連から分析することを目的とする。
人には、好みがあり誰に好意を持つかにも個人差がある。人が他者に感じる魅力のことを対人魅力と呼ぶが、一体どのような要因が魅力に影響を及ぼしているのだろうか。初対面の異性に関する対人魅力の研究においては、相手の外見の要因が多く検討されてきた。Walster,
Aronson, Abrahams, &
Rottman(1966)は、多くの研究によって外見的魅力が対人魅力の重要な規定因であることを報告した。彼らの研究によれば、外見的魅力の高い者は常に人を引き付け、異性交際において有利な立場を得ることができるという。しかし、外見的魅力の高い者が、常に人を引き付けるとは限らない。Berscheid(1971)は、魅力の高さが適合した相手を選ぶ傾向が生じるとした。そして実験的研究により外見的魅力の低い人は、外見的魅力の面で釣り合った相手を選ぶ傾向にあることが実証された。彼は、外見魅力の面で釣り合った相手を選ぶ傾向を「matching現象」と呼んだ。この現象の報告からも分かるように、外見的魅力の高さだけが対人魅力の規定要因にはならない。「matching現象」の根拠には、魅力を感じる側に相手から拒絶される危険性を伴うため、自分より社会的資源が高いものに対し近づくことをやめることがあるためとした。つまり、魅力の要因とは、単に相手の容姿などの要因だけでなく、魅力を感じる側にも要因は存在することになる。魅力を感じる側の要因としては、主に自己評価や能力などが操作されてきた(杉浦,
1996)。自己評価と魅力を検討した研究として松井・山本(1985)は、自己評価の高い人は、美醜を重視して相手を選ぶ傾向にあるとした。また、能力の要因を操作した研究として、Snyder,
Berscheid, &
Glick(1985)は、セルフモニタリング能力に着目して魅力の重視にどのように影響を及ぼすかという実験を試みた。
セルフモニタリング(以下SM)とは、Snyder(1974)が提唱した能力に関する個人差のことで、「自己の表出行動や自己呈示が社会的比較を手掛かりにしてモニターし、それらをコントロールする能力」と定義がされている。言い換えると、「周囲の環境に対し敏感的であり、周囲からの情報を生かし、自己の行動を常に監視すること」という意味になる。その目的として「表出行動を強めることで自分の本当の感情を正確に伝える」「実際にその感情は体験していないが、何らかの感情状態にあることを正確に伝える」「この不適切な感情状態をうまく隠してそのような反応や表出がないように見せる」「この不適正な状態をうまく隠して適切な状態であるかのように見せる」「何も感じなかったり何も対応しないことが不適切な場合、何らかの感情があるかのように見せる」を挙げた。そしてSnyder(1974)は、SM能力の測定尺度として、SM尺度を作成した。Snyder(1974)によるとSMには、高いSM傾向をもつ者(以下HSM)と低いSM傾向を持つ者(以下LSM)が存在するとした。HSMの特徴として、@行動と態度が異なる、A印象管理スキルに長ける、B周りに合わせることができる、などがあり、LSMの特徴としては、@行動と態度が一貫している、A印象を管理せずにありのままでいる、などがある。対人場面において、HSMは、常に「どんな人間が望ましいか」を考えており、逆にLSMは、「どうしたら自分らしくいられるか」を考えているとした。
前述した、Snyder, Berscheid, &
Glick(1985)の研究では、あらかじめ被験者をSM尺度を使用しHSMとLSMに分け、彼らに性格は魅力的でないが外見が魅力的である者と、性格は魅力的であるが外見が魅力的でない者という異性の2者の登場人物から魅力的である者を選択させた。その結果によると、HSMは外見が魅力的であった者を有意に選択し、LSMは性格が魅力的であった者を有意に選択していた。Snyderら(1985)によれば、社会的状況で他者に映し出す自己のイメージに特に注意を向けているHSMは、彼らが将来関与するであろう異性によって他者に伝えられるそのイメージ(第一印象など)に特に注意を向けるために、外見を重視した選択をしたと述べている。一方LSMは、異性の性格の情報を特に重視したカテゴリー分類をするであろうとし、LSMは、自らの印象操作には無頓着であるため、異性選択の場においても他者の外見を重視した選択は行わず、より簡単に自分の価値観などを表現しやすい他者を選択するだろうとした。
一方、詫摩・亀井(1968)にあるように、人は外見からその美醜だけでなく性格やその人に関わる様々な情報を読み取っているとしており、魅力の規定要因には外見だけでなく、性格をも考慮に入れて考えるべきとの見解を示している。これを受け、松井・山本(1985)は、外見以外の魅力の規定要因の研究を行い、我々は初対面の異性の外見から美醜以外の内面情報を読み取っており、それらも対人魅力を規定しているとした。これらのことから、対人魅力において、外見だけで人の魅力を規定しているわけでなく、内面の情報にも重要な規定要因として働いていることが分かる。Snyderら(1985)の研究のように、対人魅力の規定要因に内面を検討することは有意義であると考えられる。また、魅力選択を外見重視か内面重視かという強制2肢選択法で行い、かつ魅力を感じる側の能力を要因操作した研究はSnyderら(1985)以外には数少ない。よって、Snyderら(1985)の研究は、検討する意味があるだろうと考えられる。
しかし、この研究には3点の問題点がある。まず1点目に、使用したSM尺度の妥当性と信頼性についてである。Snyderが提唱したSMをHSMとLSMに分類するSM単一次元説は、後の多くの研究から多次元から構成されているとの指摘がなされている(石原・水野(1992),岩淵・田中・中里(1982))。堀毛(1986)は、SMには、「自己呈示を管理できるという認識」と、「他者への関心・依存」という2つの独立した側面があることを明らかにした。Lennnox
&
Wolf(1984)も同様にSM単一次元説に対し、構成概念に重複がみられることや尺度としての内的整合性がそれほど高くないといった問題点を挙げ、これらのことから先のSnyder(1974)のSM尺度を改訂し、改訂SM尺度(以下、RSM尺度)を作成した。また、RSM尺度は石原・水野ら(1992)によって、内的整合性が確認され、Snyder(1974)のSM尺度において理論的に整合性の低い部分を削除し、構成概念を整えたものとなっていることが証明された。Lennnox
&
Wolf(1984)は、SMを2次元に分類し、それぞれの次元を「自己呈示を修正する能力(自己呈示変容能力)」と「他者の表出行動への敏感さ(他者行動敏感能力)」とした。自己呈示変容能力とは、自己呈示をどれほど意図的に相手に自分が与えたい印象を上手く与えられるかという能力のことである。他者行動敏感能力とは、自己呈示を行う以前、又はその際に他者の行動や態度、その場の雰囲気、状況等を洞察する能力のことである。2点目に被験者数の少なさが挙げられる。Snyderら(1985)の研究では、実験形式で行ったため全体で32人の被験者数に留まっている。3点目に対象性別がすべて男性であることが挙げられる。Snyder(1974)によれば、SMの特徴は、男女関わらず通用するものとの見解であった。よって女性も被験者に混在することで、同様の結果が得られるか検証すべきである。
これらのことより、本研究では第一の目的として、本当にSMが魅力選択を予測するのかを実証するためにSnyder, Berscheid, & Glick(1985)の研究を質問紙調査法で再度を行う。調査を行う際には、日本におけるもっとも妥当性の高いRSM尺度を使用し、Lennnox & Wolfら(1984)の2次元説に基づき、SM傾向を分類し、検討していく。また、実験形式ではなく質問紙調査法を実施することにより、200人以上の被験者数を確保する。また、今回本研究で男性だけでなく女性も混在したデータによる検討を行う。
一方、SMは印象操作の能力という性質を持ち、そしてRSM尺度を構成している次元に「自己呈示変容能力」があるように、自己呈示の概念と深い関わりがある。自己呈示とは、Leary(1994)によると、「自己の社会的な印象が重要な対人場面において、自己に対する他者の近くをコントロールしようとする過程」と定義されている。自己呈示を他者に対して行う際に、特定の印象を与えたいとき、自己呈示動機が生じる。菅原(1986)によると、自己呈示動機には人からの賞賛を獲得するための動機を満たす賞賛獲得欲求と人からの否定的評価を避ける動機を満たす拒否回避欲求が存在する。菅原(1986)では、公的自己意識が強い人にこの自己呈示欲求が強く働く傾向があるとした結果を提出した。また、公的自意識が強い人は、他者からの評価的フィードバックに敏感であるがゆえに対人不安を感じやすいということがいわれている。これらの背景ゆえに、自己呈示欲求と対人不安を関連させた研究は数多く報告されており、万代(2007)では、拒否回避欲求が強い時に、対人不安が生起しやすいとした。このように、SMの一部であると考えられている自己呈示の欲求を介し、対人不安との関連があると考えられているため、SM能力と対人不安にも関連がみられると考えられる。諸井(1997)は、他者から疎外されることから起こる不安としての「対人不安」とRSMとの関連についての研究で、自己呈示変容能力は有意に対人不安を低下させるとした。また他者行動敏感能力は、高すぎる場面において対人不安を高めるとした。この結果の見解として、自己呈示変容能力の高さは、自己を自由自在に変化することができることは、自信につながる。一方他者行動に対して敏感である能力は、様々な情報を受け入れてしまう場合が生じてしまい、この時他者に対してどのような自己を見せているかに不安を覚え、他者不安を生起してしまう可能性があるからと報告した。 また、対人不安の特徴は、Leary(1986)によると「実際のあるいは社会的な状況における、対人的行動についてのネガティブな評価の恐れ」とされ、中心概念は、他者からの否定的な評価をされることへの忌避であるとされている。対人不安が生起する根拠に、友人や恋人から交友関係を断たれることへの不安、つまり拒否されることからの不安(以下、拒否不安)が関係していると考えられる。拒否不安とは、杉浦(2000)によると、親和動機のうちの一つであると考えられており、Slpley &
Veroff(1952)は、拒否不安を分離不安から人と一緒にいたいという気持ちを表し、他者からの恐れの要素を持つものとして定義した。拒否不安とSM能力値との関連では、岡田(2004)は、他者行動敏感能力と相手の自己受容の拒否に対する恐れ、つまり「拒否不安」の間には関連が見られるとし、他者行動への敏感さが高すぎる時、拒否不安が増加する結果を見出した。
また、松井・山本(1985)によると、初めて見た異性への好意度に「拒否不安」が影響しており、人は異性選択の際に相手が自己受容をしてくれるかという可能性を考慮しながら好意を抱くかどうかを考えているとした。そして相手の自己受容の拒否への恐れ、つまり「拒否不安」には個人差があることを示唆した。この研究の結果から拒否不安が高い者は、外見魅力の低い者をより重視した異性選択を行い、拒否不安の低い者は、外見魅力の高い者をより重視した異性選択を行っていた。このように、他者から拒否されることを恐れる「拒否不安」は魅力の選択に対して重要な関連を示していると同時に、SMに対しても関連性があると考えられる。
このように魅力の規定要因には拒否不安が関連しているとの予測が立つ。また、SM能力と拒否不安は岡田(2004)などから分かるように、関連をみせている。これらのことから、Snyderら(1985)の研究を考えてみる。Snyderら(1985)は、HSMとLSMの特徴から外見重視と内面重視を選択した根拠を提出したが、上述したとおり魅力選択とSM能力には拒否不安が強く影響していることが考えられる。このことから、HSMとLSMがその特徴だけから魅力選択を行ったのではなく、拒否不安の有無、または高低の影響を受けていた可能性が考えられる。これまでの見解から、自己呈示変容能力は拒否不安と負の関連があり、また他者行動敏感能力は拒否不安と正の関連が考えられる。また、拒否不安の高さは、松井・山本(1985)の結果から外見魅力の低い者への選択を促進する。よって、自己呈示変容能力の高さは、拒否不安を低減させ、また外見重視との関連をみせるであろう。一方、他者行動敏感能力の高さは、拒否不安を増加させ、また内面重視との関連をみせるのではないか。また、拒否不安との間に正の関連が考えられる他者行動敏感能力の高群が特に、拒否不安の統制を行うことで結果が変わる可能性がある。以上より、本研究の第2の目的としてSMと拒否不安との関連を調べる。具体的には、SMの下位因子として考えられる他者敏感能力、そして自己呈示変容能力と拒否不安との関連を検討する。
また、第3の目的として、SM能力が予測する魅力選択に、「拒否不安」の有無の条件統制を行うことにより、外見そして内面重視に差がでるかを検討する。Snyderら(1985)によるとSM能力値の条件に応じて魅力の重視に差がでた。しかし、この実験は、妥当性・信頼性が低いことが予想される。加えて魅力の要因には、前述のとおり拒否不安が影響することが考えられる。つまり、この「拒否不安」を統制することにより真の意味でのSM能力と魅力の関係性が明らかにできる。Snyderら(1985)では、異性対象の選択後に実際に会う条件が設定されている。つまり、相手から拒否される可能性が存在していることから、拒否不安の要因を除ききれない選択をしていた可能性がある。他者選択を考える上で、この拒否不安が存在しないような条件を設置する必要があるのでなないかと考える。よって本研究では、先行研究同様に現実に会う可能性があり拒否不安が想起しうる現実条件設定に対し、拒否不安が想起しにくい理想条件設定を合わせて尋ねる。そして、この両設定により魅力に差がでるか検討する。また、特性としての拒否不安に個人差があるとする見解から、拒否不安尺度得点の高低によっても魅力選択に差異があるかについても調べる。
以上より、本研究の目的は、@Snyder(1985)の妥当性の検討ASMと拒否不安の関連性の検討、B拒否不安の条件統制を行った上でのSM能力が予測する魅力選択の検討、である。なお、本研究における魅力の選択とは、Snyderら
(1985)と同様に、他者の外見を重視するか、内面を重視するかの強制2肢選択とする。また、以下は仮説である。
1.
Snyderら(1985)の研究は、妥当性の低さから、当初の結果どおりにはならないであろう。また、現実場面において自己呈示変容能力高群は外見重視が多く、他者行動敏感能力高群は内面重視が
多くなるであろう。
2.
SMの下位因子である、自己呈示変容能力の高さは、拒否不安を鎮める。また、他者行動敏感能力は、拒否不安を増幅させるだろう。
3.現実場面から理想場面への場面設定が変化すると魅力選択に変化が起こるだろう。他者行動敏感能力の高群は、理想場面においては、現実場面に比べ外見重視が有意に多くなるであろう。
4.
拒否不安の高群と低群において魅力選択は異なるだろう。他者行動敏感能力の高群は、拒否不安の高さを予測するが、その中でも拒否不安の低群は、拒否不安高群に比べ外見重視が有意に多くなるであろう。
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