1.分析観点別の検討

 Aの遊びの仲間入り行動の様子を観点別に整理し考察する。

1-1.視線

 Aの視線は最初は相手の方を向いていないことが多く、誰に視線を向けているのかがわかりにくかった。Aから他者への呼びかけ場面・他者からAへの呼びかけ場面両面において自分から視線を相手に送るということがあまりなかった。しかし後半、自分から集団の様子をうかがったり、発話者の顔を見たりするというような相手を意識した視線行動が多く行われている。遊びにおける幼児の"振り向き"に焦点をあてた香曽我部(2010)は、幼児の"振り向き"がただ単に声や音に刺激を受けて表れる受動的な心情を表象した行為ではなく、視覚や聴覚などの感覚を用いて自分の周りの状況の変化を自ら捉えようとする能動的な心情を表象した行為であることを示唆している。この"振り向き"と視線行動を、他へ意識を移動させるという点で類似していると捉えると、今回の視線行動の変化はA児が自ら自分の周りの状況を捉えようとしたために起こったと考えられる。つまり、A児が他者を意識するようになり、「友だちと遊びたい」という感情が強くなったことが推察される。

1-2.接近

 初めはA自身が興味のある場所や遊びの世界の共有を求めて大人へ接近していくことが多く、他児への接近はあまり見られなかった。観察者に対してはAにとって観察者が「遊び相手」として認識されると、Aから接近してくることが多くなった。後半になると、Aから他児の遊びの様子をうかがいに行く様子が観察された。Aの関心が遊び道具のある場や自分のイメージする世界だけでなく、「他児の遊び」がある場にも関心を持つようになり、「接近」という行動で表出されたと考えられる。

1-3.身体接触

 本研究の観察では、身体接触はあまり行われなかった。これは4歳児では5歳児に比べ幼児同士の身体接触が有意に少なく、特徴として「偶発的」身体接触が多いという藤田(2011)の結果を支持した。「偶発的」身体接触とは、興奮状態から偶然相手にぶつかるなどの接触をする<興奮>、体勢を崩して偶然腕をつかむなどの接触をする<よろけ>、意図せず偶然ぶつかるなどの接触をする<無意識>の3つで構成されている。4歳児では本人が意図して身体接触を行う可能性が低く、偶発的に発生するため今回の期間では遊びに発展するような身体接触は観察できなかったと考えられる。また、エピソード[37]でタッチされてもAが反応しなかったことから、4歳児では身体接触そのものが遊びを開始する要素となっているのではなく、身体接触を手助けに幼児の意識の変化が必要であることが推察される。

1-4.模倣

 Aが行っていた模倣は、海野・藤田(2012)の分類する「遊びのイメージを共有する身振り」と考えられる。海野ら(2013)は、遊びのイメージを共有する身振りは、初めに身振りを行った幼児の身振りがおもしろいと認識されたものは遊びとして伝播され、模倣することでイメージが共有されると推察し、同時に仲間と繋がりたいという思いが身振りの模倣として伝播されたと推察した。後半になり、Aが仲間との遊びを意識し始めるとともに、模倣して他児とかかわることが増えたことから、「仲間と繋がりたい」という思いが身振りの模倣となって現れていると考えられる。

1-5.言葉

 Aの場合、言葉で他児への反応を示すことは比較的多かった。しかし、言葉を発しているだけでは反応を受け取る相手がおらず、遊びに発展する可能性は低かった。このことから、4歳児において言葉のみでは遊びが開始されず、言葉とともに身体的な要素や幼児の持つイメージの差などが関係していることが推察される。今回の観察においては言葉と視線行動という要素が密接に関係していると考えられる。

1-6.まとめ

 前述の検討より、幼児期の仲間入りする際の方法には、言語的な要素と身体的な要素が組み合わさっていることが考えられる。さらに、言語的・身体的要素などの目に見えてわかる要素だけでなく、「遊びのイメージの共有」が必要であることが示唆された。 遊びの移行期にあたる4歳児では、表面的に現れる言葉や身体の動きという方略を身につけることも大切だが、"友だちと遊ぶ楽しさを知る"ことが集団遊びへのスムーズな移行を支えるのではないかということが考えられる。


2.保育者の重要性について

2-1.観察者のかかわりの影響

 本研究での観察者のAやAを含んだ集団へのかかわりを遠藤(1998)が作成した分類に従って分類すると、主に(b)共感的なかかわりに含まれるかかわりが多かった(表3参照)。特にAうまく説明できない子の代弁をする、D遊びのきっかけを作る、E一緒に楽しむ、というかかわりが多かった。Aと観察者が関係を作る時期では、観察者がAの持つ遊びのイメージを共有し、そのイメージを広げるというかかわりが多かった。これは上山・飯塚・鈴木(1984)の報告と類似している。上山ら(1984)は、3歳児の集団遊びの成立過程での大人のInterventionが及ぼす影響について検討し、拡大<子どもの提起に続いて遊び内容を付け加える>が集団遊びの維持に役立ったと報告している。つまり、Aが観察者に向けた遊びの提起に観察者が遊び内容を付け加え、Aの遊びを広げたと考えることができる。「拡大」というかかわりは、集団遊びのみならず子どもと大人が遊びを維持する上で重要な役割をしていることが考えられる。
 保育者が発する言葉について榎沢(1998)は、保育のなかで発せられることばには、「両者の世界の相違・立場の相違を意識させることば」と「両者の世界の相違を意識させないことば(両者が同じ世界を生きていることを前提にしたことば)」があり、後者のようなことばは、遊びへの参加を容易なものにしてくれると考察している。拡大を行ったり幼児同士をつなげようとする際には、無意識で言葉を発するよりもこのような言葉を保育者が理解し、働きかけとして意識することが大切ではないかと考える。

2-2.発達時期からの影響

 保育者のかかわりが肯定的に影響した理由として、Aの気持ちの発達も関係していると考えられる。感情と保育とのかかわりに視点を置き、子どもの感情の流れを分析した藤森・萩原(1991)は年中組の4月から年長組の3月までの約2年間、観察により子どもの感情の流れをとらえた。結果、一人の幼児の友達関係を中心に見ていくと、様子うかがい(@4月:年中組)→一人遊びに夢中(A6月:年中組)→友達遊びの楽しさを知る(B7月:年中組)→友達がいないとつまらなくなる(C10月:年中組)(D2月:年中組)→友達関係に変化が起きる(E7月:年長組)→再び友達関係が安定し、やりとりが増える(F11月:年長組)→感情が複雑化してくる(G3月:年長組)という流れがあるとまとめている。この流れに従うと、ちょうどAはA一人遊びに夢中→B友達遊びの楽しさを知る→CD友達がいないとつまらなくなるという感情の移行過程にあったと考えられる。そのため、保育者が他児との関係をつなごうとするかかわりを受け入れることが出来たということが考えられる。


3.今後の課題

 本研究は事例研究であり、対象が限られているという限界を有しており、今後の課題として三点あげられる。第一に今回とりあげた対象児は言語能力があり、仲間との遊びに関心が芽生えつつあるにも関わらず、仲間入りができない子どもであった。今後、さらに観察人数を増やし、子どもの特徴と仲間入り方略の観点から詳細に検討することが必要である。第二に場面に応じて必要な要素が違うことが考えられる。ルールのある遊びやごっこ遊びでは言葉による交渉が仲間入りに関係が深いことが考えられるが、砂遊びや工作遊びなど枠組みをあまり感じない遊びでは言葉よりも身体的な要素によるものが重要であると考えられる。そのため、遊びの種類によって場面を分けて要素別に比較することも必要と考えられる。第三に今回は観察フィールドの制約により参与観察法を用いてエピソード分析を行ったが、今後ビデオ撮影などを用いて観察データを数量的に分析していくことも必要であろう。