5.遊びの開始

 ここまで、遊びの重要性について述べてきたが、では幼児はどのように遊びを開始しているのだろうか。どのように仲間とかかわりを持っているのだろうか。遊びの開始という視点から、遊びへの仲間入り方略に関して多くの先行研究がある。
 欧米では、仲間入り方略の種類の検討(Corsaro, 1979など)や、人気のある子より人気のない子の方が、仲間入りにより多くの試みと時間が必要であること、人気のある子はより受け入れられ、無視されにくいなど社会的地位の観点からの検討(Putallaz&Gottman, 1981a,1981b)がある。仲間入りの成功率に関しては、すでに遊んでいる子どもの周りでうろうろしたり、観察したりすることによって、彼らの活動の準拠枠を知り、それを共有しようとすることから始めると仲間入りしやすい(Putallaz&Wasserman, 1989)という結果もある。
 小林(1998)は仲間入りの成功率の高い方略を"会話"(話しかけながら遊びに入る)と"遊び"(同じ遊びを始める)としている。また、日本には直接的に「いれて」「いいよ」という決まり切った言い回しがあり、その成功率が高いことが示されている(植田・無藤, 1990;倉持・無藤, 1991)。松井・無藤・門山(2001)は、自由遊び場面を対象に3歳児から4歳児における仲間入りの方略の種類とその発達的変化について分析した。その結果、年齢が上がるにつれて明示的な言語的方略が増加することが示された。ここでは「明示的=相手と関わりたいことが直接的に言葉で言い表されているため、それが字義通りに解釈でき明確である」ことと定義している。
 仲間入りに関する先行研究では、いかに方略を身につけるかが重視され、子どもが仲間入りの際に使用する方略に関するものが多い(馬場, 2010)。遊びの開始に関するこれまでの研究では言語的な要素に着目したものが多いが、幼児同士のかかわりでは身体的な要素も重要であると考えられる。身体的な要素と遊びの関連性についてはいくつかの似たような意見がある。榎沢(1997)は、「遊びにおいて現れる子どもの身体の在り方や動きは、物理的な現象として現れるだけでなく、子どもの心情や興味などの内面の志向性をも含んでおり、その場の雰囲気をつくったり、そこでの人間関係と関連づいたりすることで、遊びそのものを支える要素となる」と述べている。鯨岡・鯨岡(2002)は、「非言語的なコミュニケーションは気持ちを繋ぎ合い、お互いの気持ちを分かり合うという点では、言語的コミュニケーションに劣らないどころか、むしろそれ以上の意義をもつもの」であるとし、幼児期においては言葉による言語的コミュニケーションよりも身体のコミュニケーションの方が、他者と関係性を形成する上で重要な機能として位置付けている(藤田, 2011)。遊びの開始では交渉が必要な場面や「入れて」「いいよ」という決まりきった方法を連想するが、幼児期においては、言語的な要素はもちろんだが、それを補うものとして、また幼児自身の世界そのものを表現するものとして身体的な要素も大切であると考えられる。身体的な要素とは具体的にはどういうものだろうか。

 身体的な要素の中でも、幼児期の身振りについて藤井(1999)は、「幼児の身振りは表現全体から切り離せないとともに伴っていた発話とも不可分であり、発話だけでは表されている内容が分からず、身振りと発話両者が示されて初めて意味をなす」ことを明らかにし、不十分な発話を補うものとして身振りが頻繁に用いられ、補充的役割を果たすことを示唆した。この研究は場面が設定されていたということを踏まえ海野・藤田(2012)は、遊び場面でみられる幼児の身振りを(1)エンブレム<身振りの形式と意味が社会的、文化的な慣習によって規定され、発話がなくても身振りの意味が理解されるもの。例)うなずく→「はい」首を振る→「いいえ」など>、(2)自発的身振り<発話に付随して産出される身振り。映像的身振り・比喩的身振り・ビート身振り・指示的身振りの4つ>、(3)身体操作<情動表出・姿勢・対象への行為の3つ>の3つに分類し、その特徴について検討を行った。結果、3歳児では身体操作が、5歳児では自発的身振りが有意に多く、4歳児では有意な差は見られなかった。この理由として、4歳児は遊びが集団遊びへの移行期であったために、少人数集団で多様な遊びをしていたためと考察している。さらに海野・藤田(2012)は、3歳児について身体操作を@他者に感情を伝える身振り、A他者の反応を探る身振り、B遊びのイメージを共有する身振り、に分け事例検討を行った。結果、遊びにおいて表れる身振りは、その身振りを行う幼児とその対象となる幼児との関係性の在り方に強い影響を受けることが示唆された。つまり、仲間関係を深めたい相手には身振りが多く(特に@A)、仲間関係が安定してくると身振りが少なくなるのではないかということが考察された。仲間入りをすることは、対象となる遊び集団と関係を深めることと考えられるため、その際に身振りの持つ効果が関係していると考えられる。
 直接他者とかかわる身体的な要素では、塚崎・無藤(2004)が、3歳児の"手をつなぐ"、"抱きしめる"といった身体接触の場面に焦点を当て、3歳児が遊んでいるとき互いの身体接触が仲間関係の成立と関連性があることを示した。藤田(2011)は、塚崎・無藤(2004)の分類をもとに身体接触を、親和的・中立的・否定的・偶発的・不明の5つに分類し、3歳〜5歳児を対象に量的・質的検討を行った。結果、5歳児において『中立的』な身体接触が最も多く、次の行動を起こすきっかけや遊びの中で起こることが多いことが明らかとなった。さらに5歳児の『中立的』身体接触を(1)きっかけ作り、(2)関係の形成、(3)ルール化された接触、(4)補助的、の4つに分け事例検討を行った。その結果5歳児では様々な身体接触が絡み合いながら1つの流れを形成しており、生活や遊びにおける他者との相互交渉過程で複合的に、巧みに用いられていると考察した。これらの研究から、3〜5歳児では全ての年齢で身振りなどの身体的要素が出現しており、それぞれ遊びの開始に重要な役割を果たしているといえる。5歳児では言語が発達しているため、言語を補う役割が多いことに対し、3歳児においては言語がまだ未発達なため、自分の感情やイメージを表現するために身体的な要素が用いられていると考えられる。
 間接的な身体的要素として"振り向き"に着目した研究もある。香曽我部(2010)は、"振り向き"が最も多く観察された3歳児に焦点を当て、幼児の"振り向き"がどのように生み出され、相互作用へ展開していくのか、その過程を考察した。幼児は、仲間との相互作用への欲求を"振り向き"という行為を通して発信し、その直後の注視や再度の"振り向き"によって、対象の幼児や保育者と暗黙的な承認を行い相互作用へと展開するという流れが示唆された(図4)。

図4
 4歳児が遊びの移行時期であることから、縦断的研究ではあまり考察されていない。4歳児に焦点をあてた研究として奥山・照山(2012)がある。奥山ら(2012)は4歳児を自発的に遊ぶ場面について、友達を求める気持ちと自分なりの欲求との間でゆれがみられる時期と捉え、4歳児の観察を通して幼児同士が「いっしょに遊ぶ」場面の中で、どのようなかかわりをし発達へとつながっていくのかを考察した。結果、4歳児は自分なりの文脈で行動しようとしながらも、それまでの経験で獲得した枠組みを強く意識して行動していること、相手との関係性の違いを意識しながらかかわっていること、それは二者関係の中だけではなく、3人以上の関係の中でも、それぞれに対する自己の表し方を調整しながらかかわっている、ということが明らかになった(奥山・照山, 2012)。4歳児では3歳児に比べ、自分の意志で相手を意識し関係を持とうとしていることがわかる。また、礪波(2007)は4歳児において3人組での粘土遊び場面を設定し、グループ毎の発話数、発話に伴い他者を見た回数(話者による視線行動数)、笑いの頻度を指標に、どのように3者間のコミュニケーションを行うか観察した。その中で、発話時の他児への視線行動が、三者が均等にコミュニケーションに参加する機会を与えるという意味で重要な役割を果たしていることを示唆した。この視線行動は上述の間接的な身体的要素と捉えることが出来、視線行動が発話内容を補助し、幼児同士のつながりの維持に役立ったと考えることが出来る。

 仲間入りの際に『方略』以外の要因を取り上げたものとして馬場(2010)の研究がある。馬場(2010)は、遊びを組織化レベルの低い遊びと高い遊びに分け、組織化レベルの高い遊びへの仲間入りの成功要因として、偶発的要因を取り上げ分析した。結果、組織化レベルの高い遊びへの仲間入りでは、「入れて」方略が最も多く、次いで偶発的要因による仲間入りが多かった。このことから、成員間の結合性が一時的に緩む瞬間(=偶発的要因)はしかし、1回目失敗後の2回目以降の組織化レベルの高い遊びへの仲間入りでは、「入れて」方略の成功数は減り、偶発的要因による仲間入り成功例の占める割合が高まった。仲間入りがしやすくなるということが示唆された。さらに、「入れて」方略使用後に仲間入り児と集団との関係性が上手く成り立たず、『このような定着化された「入れて」−「いいよ」による自動的な仲間入りはその後の処理が大変である。』という無藤(2000)の指摘を支持する結果となった。
 以上のことから、幼児の仲間入り場面では「入れて」―「いいよ」に代表される言語的な要素に加えて、身体的な要素も絡みながら関係が成立しているのではないかと考えられる。そこで本研究では、幼児の遊びの開始について、言語的な要素以外に身体的な要素も含め、遊びの仲間入りに必要な要素を再検討することを目的とする。